Finding Fukuroi|袋井の広大な空の下で暮らす人々 Part.1「やまも製茶」

静岡県袋井市は、広大な空の下に海や山に囲まれたフィールドが広がり、国内でも指折りの日照時間を誇ることから、「遠州の穀倉地帯」とも呼ばれている。歴史的には、江戸時代に整備された東海道五十三次の宿場町であり、江戸からも京からも数えて27番目のちょうど真ん中に位置していたという。今回は、そんな“ど真ん中”な街「袋井市」が12月17日(土)、18日(日)のファーマーズマーケットに出店するという経緯から、この地で暮らし、農業に携わりながら人生のど真ん中を歩む、「やまも製茶」「すず農園」「あぐり佐野」の3事業者にインタビューさせていただいた。真っ青に広がる高い空という印象を翻したのは、夕日が稲穂を黄金色に染めるマジックアワー。袋井の美しい景色のなかに見つけたのは、田畑を分かつ何の変哲もない私道。道を行き交う人々がそこからどのような景色を眺め、これからその景色をどのように変化させていくのか。道一本が孕む近年の農業を取り巻く様々な状況に焦点を当てれば、その土地で暮らす人々のストーリーが見えてくる。

 

Finding Fukuroi 袋井の広大な空の下で暮らす人々 Part.1「やまも製茶」
時代にあった価値観でつくる、「お茶」と「苺」のダブル・スタンダード。

令和元年より苺の栽培をはじめた、袋井市で50年続くお茶農家。現在お茶づくりを担うのは、2代目の山﨑 富さん。我々が袋井を訪れたのは、まだ夏の気配を残す11月中旬。4シーズン目の「紅ほっぺ」収穫初日を迎えた「やまも製茶」のハウスへとおじゃまさせていただいた。

 

紅ほっぺの味わいは、いつ頃ピークを迎えるのでしょうか?

山﨑:収穫は5月頃まで約半年の間で4〜5回転するのですが、寒い時期に長い時間をかけて実が熟れていくため、12〜2月頃に収穫される苺が1番おいしいと言われています。受粉のためにミツバチを入れるのですが、最初のうちは受粉に慣れず苺の形が安定してないので、1番最初に収穫する苺のなかでも大きくて形の良い希少なモノは、贈答用に使用されます。

ハウスで育苗もされているのですね。

山﨑:9月の定植に向けて、いまから苺の苗を育てています。最初は種苗会社から苗を買っていましたが、2年目からは少しずつ自分たちで苗を育てはじめて、今シーズンから全て自分たちの苗になりました。天候の関係でなかなか育たなかったりもするので、思っていた以上に大変なのですが。

お茶農家でも苺の栽培ができるのでしょうか?

山﨑:茶畑は父の代からはじまったので、私は2代目になります。来年でちょうど50年。いまは私がお茶をメインでやっているので、義理の弟が中心となり苺を見てくれています。彼は元証券マンなのですが、静岡県の新規就農者に対する指導や研修が充実していたこともあり、スムーズに就農でき、お茶に加えて苺の栽培もはじめることができました。

「静岡=お茶」というのは言わずもがなですが、ニーズの変化などはあるのでしょうか?

山﨑:「やぶきた」品種のお茶を中心に育てているのですが、売り上げ自体は順調に伸びて安定してきました。

では、なぜ苺を栽培する必要があったのですか?

山﨑:東北大震災があったときに、静岡のお茶が放射能の風評被害にあって、単一作物で栽培することのリスクを思い知らされたことがありました。それがきっかけで、お茶+アルファで何かやらなければとずっと考えていたんです。とはいえ、農業以外となると初めてのことばかりで何かと大変ですし、それならば農業を複合的にやっていこうと考えるようになりました。石が多く乾燥しやすい袋井の土壌は、露地栽培(野外での栽培)に向かないというのもその一因でした。そういった土壌だからこそ、この土地にはお茶が残っているわけですが、ハウスの苺であれば土壌に関係なく栽培できますし、インパクトもある。これならネガティブな土地条件をブレイクスルーできると栽培を始めることにしました。最近ではオリーブを栽培する方も増えてきているようです。

ダクトが通っていますが、どのような仕組みになっていますか?

山﨑:このダクトは、二酸化炭素を供給するシステムになっているんです。研修先の農家さんが新しい技術を積極的に取り入れていて、そこで教えてもらいました。光合成が進むと株のなかの二酸化炭素濃度が薄くなってしまうので、それを補う装置として導入しました。ハウス全体で炭酸ガスを管理することは多いのですが、局所施用といって、葉っぱに局所的にガスを供給しています。他にも、ハウス内外の環境をセンサーで感知して窓を開閉したり、暖房を点けたり、炭酸ガスを出したりと、一元管理できるようになっています。まだ栽培経験が少ない分、そういった設備面で助けられています。

苺の苗はどのように育てていますか?

山﨑:収穫した株は一年で終わりなので、毎年苗を育苗しているのですが、種苗業者からウイルスフリー(病気を持っていない)の苗を購入して、伸びてきたつるを株分けしています。苺の収穫は5月頃まで続き、3月頃から本格的に育苗をはじめるので、結局、1年間目が離せない状態です。苗を買うと購入元の農家さんの品質にばらつきが出てしまうので、品質が良いものを選抜して育てていき、今期からは自分たちが良いと思える自前の苗を揃えることができました。
 

苗がきれいに等間隔で並べられていますが、広めにとった間隔に意味はあるのでしょうか?

山﨑:苗が密集してしまうと管理が大変になることもあるのですが、ハウスを建てる計画があった時に、将来的にイチゴ狩りをしたいという想いがありました。収穫時に車椅子の方でも入れるように間隔を空けました。苺が大きくなると苗が垂れ下がってくるので、収穫しやすい高さに設定しています。

山﨑さんは現在お茶をメインで担当されているということですが、先代からの変化はありましたか?

山﨑:父の時代は、モノをつくれば売れる大量生産の時代。ある程度の単価でも、とにかく生産すれば売れていきました。でも、いまは需要が減ってきているのか、単価は抑えなければなりませんし、それ以上にクオリティが求められる時代だと思っています。茶園の管理も手は抜けませんし、生の茶葉を蒸して揉む工程のチェック項目は以前よりも増えました。ただ、夏以降のお茶のほとんどがペットボトルの原料になってしまうので、単価自体は安く、大量生産のようなやり方になっているのが現状です。
 

売り先としては、個人向けと卸売、どちらの需要が増えていますか?

山﨑:卸売りの方が多いのですが、いよいよ年明けから苺狩りをはじめようと思っていますので、観光にも力を入れながら、そういった体験を通してお茶を再発見してもらえたらと思っています。

お茶と苺。ダブルスタンダードでやっていくことで、理想の形が見えてきたように思います。

山﨑:そうですね。お茶がある程度安定していたのではじめた苺でしたが、苺を栽培したことで、お茶にはない客層に出会えたり、その逆も然りで、お茶のお客さんが苺を楽しんでくれる。相互作用を生み、客層がより広がるといいなと思っています。

都内だと自動販売機やコンビニでいくらでも簡単にお茶を飲めますが、袋井という土地に足を踏み入れ、茶畑を眺めながらお茶を飲んだり、苺をその場で収穫して楽しむ。実際に体験することで、それぞれの魅力を再発見できる気がします。

山﨑:「深蒸し茶」は、春から夏にかけて一番茶、二番茶、三番茶と続き、9月の四番茶までお楽しみいただけるので、それぞれの茶葉の味を楽しんでもらいたいです。苺狩りで観光としてこの場所に注目してもらえたら、今度はお茶でつないでいけると思うので、お茶と苺、ともに魅力を伸ばしていけたらと思っています。青山にも12月18日に出店予定ですので、そこで袋井の食材と一緒にお茶を飲んでいただいたり、普段あまりお茶を飲まない方がいらっしゃったら、気にしていただいて、もしよければ飲んでいただけたらと。もちろん、前日に収穫した新鮮な「紅ほっぺ」も持っていくので、味わっていただきたいです。お茶と苺のブースを見つけたら、ぜひ話しかけてもらえたら嬉しいです。
 

山﨑さんの考える袋井の魅力について教えてください。

山﨑:やっぱり豊かな自然でしょうか。自分が生まれ育った街ですし、この場所から離れて暮らすイメージがつかないといいますか。この街の観光に、お茶と苺で少しでも貢献できればと思っています。

 

「やまも製茶」
山﨑富 Atsushi Yamazaki
住所  〒437-0032 静岡県袋井市豊沢336
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