Finding Fukuroi|袋井の広大な空の下で暮らす人々 Part.3「あぐり佐野」

静岡県袋井市は、広大な空の下に海や山に囲まれたフィールドが広がり、国内でも指折りの日照時間を誇ることから、「遠州の穀倉地帯」とも呼ばれている。歴史的には、江戸時代に整備された東海道五十三次の宿場町であり、江戸からも京からも数えて27番目のちょうど真ん中に位置していたという。今回は、そんな“ど真ん中”な街「袋井市」が12月17日(土)、18日(日)のファーマーズマーケットに出店するという経緯から、この地で暮らし、農業に携わりながら人生のど真ん中を歩む、「やまも製茶」「すず農園」「あぐり佐野」の3事業者にインタビューさせていただいた。真っ青に広がる高い空という印象を翻したのは、夕日が稲穂を黄金色に染めるマジックアワー。袋井の美しい景色のなかに見つけたのは、田畑を分かつ何の変哲もない私道。道を行き交う人々がそこからどのような景色を眺め、これからその景色をどのように変化させていくのか。道一本が孕む近年の農業を取り巻く様々な状況に焦点を当てれば、その土地で暮らす人々のストーリーが見えてくる。

 

Finding Fukuroi 袋井の広大な空の下で暮らす人々 Part.3「あぐり佐野」
お米づくりは街づくり、農業も自然も「自分ごと」で考える。

袋井で江戸時代から代々続く米農家を営むのは、この地域の農地を引き受け、耕作面積を広げた「あぐり佐野」の佐野文菜さん、友幸さん夫妻。文菜さんは「農業女子」としても活動しながら袋井で真摯に農業と向き合い、現在は、自然に近い環境でつくるお米の割合を徐々に増やしているというが、そこにはある理由があるという。

 

見渡す限り田んぼが広がっていますね。

文菜:江戸時代から代々続くお米農家なのですが、祖父の代より地域から引き受ける農地が徐々に増え、人手が足りなくなっています。

以前から耕作面積を拡大している状況なのでしょうか?

友幸:昔はこの辺りにも農家さんが数軒いて、地域全体でお米を育てていたのですが、高齢化や若者の離農が進み、管理する農家が絞られてきたというのが現状です。

お2人は、元々どのような仕事をされていましたか?

文菜:病院で看護師をしていました。

友幸:僕は同じ病院で電子カルテを管理していました。

どうして農業の道に進もうと思ったのでしょうか?

友幸:義母が体調を崩してしまったので、一緒に過ごせる時間を少しでも作りたいという理由で仕事を辞め、農業をはじめました。でも、休みなく毎日働く現実があり、会社員であれば土日は休めるのにと、納得いかない時期もありました。

そんな状況でも農業を続けていく決心がついたのは、どのような理由からでしたか?

友幸:お客さんの喜ぶ顔です。元々、義父が化学肥料不使用で有機肥料のみを使った特別栽培をやっていたので、そこにお客さんがついていたこともあり、常連さん達の笑顔を通して農業の大切さを理解し、それが充実感へと繋がり、やりがいをもつことができました。

実際に農業に携わってみて、いま何を感じていますか?

友幸:義父は、バブルの時代に「こんなに景気がいいのに、百姓なんて稼げないだろう」と言われたことがあったようですが、それでも農業を続けて田畑をいまの面積までまとめてくれました。ところが、現在、この面積で作物をつくっていくことに直面して感じるのは、実際に本業として農業を生業にして働ける人が限りなく少ないということです。

文菜:あの時代は農業も絶頂期だったと思います。でも、いまはそうではない。私たちが農地を継いでからは、年々状況は厳しくなるばかり。国や補助金にいつまでも頼っていられないですし、自分たちには「農薬や肥料を使用しない」という考え方があったので、そうであれば、自分たちの販路を見い出していくためにもチャレンジしなければと思ったんです。

農薬や肥料を使用しないお米づくりの割合に掲げている目標はありますか?

文菜:ゆくゆくは慣行栽培をゼロにしていきたいと思っています。減農薬や化学肥料不使用での特別栽培、農薬も肥料も使わない、自然に近い環境でつくるお米の面積は少しずつですが増え、全面積の半分くらいになってきました。特別栽培のお米を契約くださっているメーカーさんもいるので、大きな単位を担保していただきつつ、「ふるさと納税」のようにオンラインで小売を全国に広げながら伸ばしていければ、いつかゼロにすることも夢ではないと思っています。

友幸:やり方は色々あると思っています。単純に農薬や化成肥料がわるいということではないんです。現状は人員が少ないこともあり、一気に自然に近い環境をつくって手を広げることができない現状がある。土地を守るという意味では、少ない人員でまわすことのできる農薬や化成肥料に頼らざるを得ないというのもあります。土地を手放すことで農地が開発されてしまっては意味がないですから。ここおよそ16年で日本の農業人口は1/4ほど減ってしまったそうです。なので、農地を守るという観点では、農薬や化成肥料は必ずしも悪ではない。もちろん農薬や肥料を使用せずに一本でやっていけたら理想ですが、まずは有機肥料の割合を増やしていき、来年には2/3ほどにしていく。農地を痩せさせないための秘訣でもあるのかなと思っていますし、時代を見ながら判断していきたいです。

オンラインで自然に近い環境でつくったお米を購入されるのは、どのような方ですか?

文菜:住所で言うと、東京、大阪、名古屋などの首都圏の方がほとんどになります。今年から近隣市の私立小学校からオーガニック給食の契約もはじまり、少しずつ需要が大きくなってきている流れもあります。農薬も肥料も不使用だと慣行栽培の半分以下の収穫量なので、現状では満足いく安定した量がご提供できないことも課題なのですが。

子ども達の意識に変化が起これば需要もより広がっていきそうですが、都市開発ではなく、農地保全を考えるような理解を深めるアクションが必要になる気がします。

友幸:まずは、地産地消で広げていけたら良いですし、地域の方や消費者あっての農家だと思っているので、子どもたちの親御さんの理解あってのことだと思っています。

そもそも、チャレンジしたきっかけは何だったのでしょうか?自然に近い環境でお米をつくる意味について教えてください。

文菜:看護師をしていたこともあり、健康に気を遣いたいことも当然ありますが、消費者の方との理解を深めるために必要だと考えています。この道を見てもらえばわかるのですが、所々にゴミが落ちていることがあります。私たちが自然に近い環境でお米をつくるために農薬や肥料に頼らずに手で雑草を抜き、田んぼの管理をしている傍でこのような光景に出会うのはとても悲しいことです。でも、私たちがお米をつくっている姿勢をもっと伝えることができれば、道に置かれたゴミもなくなっていくと信じています。結局は自分の口に運ばれるお米。自然も農業も、回りまわって自身の糧となる。幸い、地域の方は協力的な方が多いですし、農薬や肥料を使用せずに丹精込めてお米をつくることで相互理解を深め、もっと農業というものを身近に感じてもらいたいと思っています。

田畑を隔てる道一本にしても、互いの理解におけるギャップが表面化しているのですね。スーパーマーケットが普及し、農作物もお金を出して買うための「商品」として認識されたいま、私たちの生活と農業との間には距離ができてしまった。

文菜:20年前にスーパーができて人口が増え始めると、そういった理解は遠のいてしまったように思います。この地域の有志で行なっている「環境保全の会」では、離れていってしまった農業というものをより身近に感じてもらえるようなイベントを開催しているんです。コスモスを植えたり、泥んこ遊びで泥と触れ合ってみる。子どもにも楽しいという体験から学べることがたくさんあると思っていますし、子どもが興味をもつことで、親御さんも一緒にフォローしてもらえる。田植え体験をすれば、田んぼを日々眺める時間だってできるかもしれない。泥をただ汚いものとして扱うのではなく、お米を育てるために必要なものと認識してもらうことで、日本の未来も変わってくるのかなと。

農業を守ること=地域を守ることだと認識してもらえれば、人々の行動も変化していきそうですね。

文菜:一度、宅地化や商業地化してしまうと、元に戻すことが難しくなるので、食べ物をつくる農地がなくなってしまいます。日本の食料自給率を見ても危機的な状況なので、他の農家さんとも協力し合い、まずは慣行栽培でより多くの土地を守っていく。農地を守ることで日本の食料を守り、地域に貢献していければと思っています。

佐野さんは「農業女子」として、どのような活動をされているのでしょうか?

文菜:これから徐々に活動を増やしていきたいと思っているのですが、農家さん一人ではできないようなことも、「農業女子」という団体として地域を巻き込んでいくことで広がりがもてるなと実感しています。ちなみに今度、ラグビーの「静岡ブルーレヴズ」の方々が、子ども達と一緒に田んぼでの泥んこ遊びに参加してくれることになったんです!

農業は私たちの生活と渾然一体であり、切っても切り離せないもの。そこには相互の理解が必要であり、そのために体験を通して伝えていくべきことがある。今後も、地域の方々と「美味しい」「楽しい」という切り口で発信していけると良いですね。

文菜:青山のファーマーズマーケットでは、特別栽培のお米を使用したおにぎりを販売する予定なので、楽しみにしていてください。青山の空の下で皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

 

「あぐり佐野」
佐野文菜 Ayana Sano
佐野友幸 Tomoyuki Sano

住所 〒437-0123 静岡県袋井市下山梨663-1
インスタグラム


2022.12.12

ニュース