ひっそりと続く、人里離れた山のお茶|静岡・冨茶園を訪れて
茶畑と聞いて、どんな光景を思い浮かべるだろうか。人生で初めて出会った茶畑は、破天荒そのものだった。
静岡県西部に位置し、中山間地域の玄関口として、地域の由来である天竜川が流れる天竜地区。天竜川のほど近くで内山さちさんと落ち合い、「さぁ、茶畑へ」と車を走らせる。が、周辺にはいわゆる茶畑らしきものは広がっていない。さちさんの案内で、山の奥へ、さらに奥へと登っていく。言葉どおり、人里離れた深い山に冨茶園はある。

山の上の茶園に向かう道中に流れる小川
昭和20年ごろから家族で営まれてきた茶園は、現在は内山冨人さんへと受け継がれている。ファーマーズマーケットでそのお茶を届けるのは、娘のさちさんだ。「父のつくるお茶を残したい」という思いから、冨人さんと一緒にお茶づくりを行い、販売活動に携わっている。
切り立った山々にひっそりと佇む茶畑。かつては集落があり何軒か家が並んでたというが、今残るのは3軒のみ。そのうちの一つは、内山さんの茶工場(ちゃこうば)だ。
「茶工場」と聞くと、天井の高く、蒸し・揉み・乾燥といった製茶の各工程が機械で連なり、ボタンひとつで管理される空間を想像するかもしれない。しかし、冨茶園の茶工場は、40畳ぐらいだろうか、もとは土間と馬小屋だった空間にさまざまな機械が揃う。機械は互いに繋がってはおらず、次の工程へ移るかどうかは、すべて手と目の感覚で判断する。
全8工程のどこかで失敗すれば、その日の製茶は全て廃棄だ。一度に製茶できる生葉は40〜50kgのみ。それを1日に何度か繰り返す。小さな茶園では、一度分の製茶量ぎりぎりしか摘めない品種もあるという。毎回が緊張の時間だ。

製茶の様子
現在、製茶作業を主に担っているのは冨人さんただ一人。経験と勘がものをいう作業は、簡単に数値化して伝えることが難しい。さちさんはサポートしながら、その背中から学んでいる。

冨人さんと娘のさちさん
「“背中を見て学べ”というスタイルなので、父は多くを語りません。それでも毎年、少しずつ教えてくれる工程が増えています。感覚で覚える難しさはありますが、それもまたこの仕事の面白さであり、楽しさだと感じています。これからも一つひとつ身につけていきたいです。」
「二人で作業するにはコンパクトで動きやすいけど、なにぶん建物がとても古いから…、製茶中は本当に寒いんです。機械の裏の崖も崩れているし…すごい場所ですよね。」

もともとこの山では、雑穀やお茶などを育てて暮らしていたという。それをお祖父さまが鍬一本ですべてをお茶の木に植え替え、土間と馬小屋を改装して製茶機を詰め込んだ。それが冨茶園のはじまりだ。茶工場の裏に広がる約1haの茶畑には、「やぶきた」「おくひかり」「おくみどり」「さやまかおり」「さえみどり」「かなやみどり」の6品種が、パズルのように植えられている。なかなか破天荒なお祖父さまだったそうだが、通常は「やぶきた」一種類のみで営む茶農家が多いなか、多品種残してくれたことは、今となっては大きな財産だという。

電線もわずかしか通っていない山の茶畑。見上げれば、雲ひとつない青空が広がる。頂上近くから見下ろす山々は深く静かで、ここが日本であることを忘れてしまいそうになる。
訪れたのは2月。葉は深緑色だったが、4月の茶摘みの頃には、山一面に美しい新緑が広がるのだろう。

下から見上げると緩やかに見える斜面も、上へ行くほど急になる。雨で足元がぬかるんでしまったら、到底作業はできないだろう。
冨茶園では、農薬も除草剤も使わない。代わりに、焼酎やお酢など人が口にできるものを混ぜた液体を、毎年4月に2回散布する。約30年前、冨人さんが農業雑誌で見つけたやり方だ。最初の5年は効果が分からなかったというが、今では葉の艶がよく、病気にも強い木に育っている。何も施さない茶畑と比べても、味わいは格段に良くなったそうだ。

摘み取るのは「一番茶」のみ。だからこそ、茶摘みは誰でも任せられるものではない。熟練のお茶摘みさんが、丁寧に手で摘み取る。

冨人さんは、御年74歳。体力の衰えを感じ、ご自身でも「あと数年だろう」と考えているそうだ。お茶摘みさんも高齢化している。お祖父さまの代から動き続けてきた製茶機も、いまや修理できる人がいない。壊れてしまえば、その時が終わりだという。

新茶の季節。仲間とともに行う茶摘み
それでも新茶の季節になると、いつものメンバーが集まり、他愛もない話で笑いながらお茶を摘み、丁寧に仕上げていく。さちさんの言葉からは、この光景が毎日愛おしいのだろうと伝わってくる。
冨茶園は、かつてはお茶屋にのみ卸していたが、さまざまなご縁に導かれ、パッケージを改め一般販売も始めた。
「一般に売り始めてまだ数年ですし、それが軌道に乗ればいいけれど…」と、明るく話すさちさん。
いつ途絶えてしまうか分からない現実を胸にしながら、それでも山のお茶は、少しずつ静かに広がっている。

静岡県浜松市天竜区の奥深い山あいで、農薬や除草剤、化学肥料に頼らずに自然のままに育て、一番茶だけを手摘みし、丁寧に製茶することを大切にしながら、家族代々お茶をつくる。
2026.3.27