黒澤酒造株式会社(長野県)

インタビュー

黒澤酒造の代表取締役社長・黒澤孝夫さん

 

1858(安政5)年創業の黒澤酒造は、八ヶ岳山麓の標高800m地点にある酒蔵です。この標高は稲作の限界であり、これより上では、農作物が高原野菜に切り替わる場所。自社の井戸から汲み上げる水は、千曲川の伏流水で口当たりが優しく柔らかな味わいが特長です。この仕込み水は、ボトリングして販売もしています。

酒造りでこだわっているのが、昔ながらの「生酛(きもと)造り」。発酵のベースとなる「酒母」の製法の一種で、蔵の空気中に存在する天然の乳酸菌が作った乳酸で雑菌を死滅させ、お酒の発酵に必要な清酒酵母を培養する方法。「通常の倍の時間がかかりますが、この造り方で生き残った酵母は強く、しっかりとした旨みのある骨太なお酒ができます。現在、全仕込みの7割が『生酛造り』です」と話すのは、黒澤酒造の代表取締役社長・黒澤孝夫さん。

使用する酒米は100%長野県産のもの。できるだけ蔵から近い農家と契約するようにし、この土地ならではの味わいにこだわっています。主に原料にしているのは、信州産「美山錦」と東信州産「ひとごこち」。そういった自然の恩恵を受けて造るお酒の魅力について黒澤さんは、「まるでこの地の厳しい寒さのように一本キリッと筋が通った味わいがあります」と表現します。

さらに、海外への輸出に30年近く前から取り組んでおり、黒澤酒造のお酒はマレーシア、アメリカ合衆国、台湾、ドイツ、シンガポール、オーストラリアで親しまれています。

 

オススメのお酒

 

生酛黒澤 純米 穂積

【特長】

「穂積」とは、黒澤酒造様が位置する地区の名前。その地で丹精込めて育てた自社栽培米「ひとごこち」を100%使用した純米酒です。蔵についた乳酸菌そして酵母が飛び込むのを待つ酵母無添加で醸しました。清潔な環境を用意し、あとは自然にまかせるのみ。時間も手間もかかる製法です。「『穂積』の名には、地名のほか、穂(米)を積んで、歴史を積んで、経験を積んで醸したお酒という意味も込めているんです」と黒澤さん。酵母無添加の性質上、毎年味は違いますが、いずれも特有の酸味があるのは共通。冷やでもお燗でも美味しくいただくことができますが、黒澤さんおすすめは45~47度のお燗です。このお酒の面白さが一番感じられる温度なのだとか。

 

【ペアリングするなら……】

独特の酸味が、脂がのった魚や肉によく合います。ご当地に旅行したさいにぜひ試してみたいのが、地域特産の小鮒の甘露煮。ほろ苦い味わいと相性抜群です。

 

生酛黒澤 純米 12o’clock

【特長】

2022年夏に登場したアルコール度数12度の新商品。日本酒としては低アルコールですが、しっかりとした強めの味わいがあり、少し甘めです。「生酛(きもと)造り」で醸されたお酒ですが、こちらは酵母添加で醸しました。商品名の「12 o’clock」はアルコール度数に加えて、「眠る前に軽快で心地よい、ほろ酔いの時をすごしてほしい」という願いが込められています。

 

【ペアリングするなら……】

フレッシュ感のあるお酒なので、冷やで楽しむならフルーツと好相性。日本酒らしい味わいをじっくりと堪能したいなら、お燗がおすすめです。乾きものや塩辛など、お酒のアテらしいものに幅広く合わせることができます。

 

「農」が教えてくれたこと

初夏の水田には緑の稲がそよぐ

 

農業体験の会から始まった「農」

黒澤酒造の「農」のスタートは、2001年に「八千穂美醸会」をはじめたこと。これは一般から参加者を募集し、田植え、草取り、稲刈り、日本酒の仕込み、新酒しぼりまでを体験してもらうというもの。「酒米を作っていただいている農家さんの田んぼをお借りして開催するうち、次第に自分たちでも稲作をやってみようとなったんです」と黒澤さんは振り返ります。

もともと黒澤酒造には自社農園があり、農薬不使用の野菜を育てています。その野菜と純米吟醸などの酒粕を使い、信州の漬物文化に根差した粕漬を製造・販売してきました。そのため、農業に対してのハードルは低かったといいます。

蔵は標高800m地点になるため、それより上の田んぼでは使用量の多い酒米「ひとごこち」を、蔵周辺では長野県の最新酒米「山恵錦(さんけいにしき)」を栽培しています。

 

高地ならではの試行錯誤

農業を始めて実感したことは、米作りの大変さ。農業用機械などの設備投資も必要ですし、何より傾斜がある地域のため、田んぼ1枚の面積が小さく、水持ちが悪いという中山間地ならではの悩みがあります。それでも黒澤さんは「この土地で作る酒米だからこその味わいがあり、その酒米だからこそ醸せるお酒があります」と、酒蔵ならではのやりがいと手ごたえを感じています。

試行錯誤をするなかで、「農!と言える酒蔵の会」を知り、「まだまだ学びたい!」と飛び込んだのだそう。「皆さん飛び抜けた取り組みをしている酒蔵さんばかりですが、参考にできるところは学ばせていただければ」と、会を通じて情報交換をしている黒澤さん。有機栽培や無農薬の奥深さを感じつつ、農業に取り組んでいます。田んぼの面積は現在1町7反(約1.7ヘクタール)ほどで、作付面積はさらに増やしていきたいと考えています。

自分たちで作った酒米で醸した酒を造り、同じく自家製の粕漬を作り、仕込水もボトリングして販売することで、蔵の水の美味しさも広く伝えていく。農業、飲食をひっくるめて穂積の地の魅力を発信しているのです。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

八ヶ岳の澄んだ空気のなか豊かに実った稲穂

 

昔から愛される晩酌酒から低アルコールのお酒、あるいは信州名産の蕎麦焼酎や、白樺をボタニカルにしたGINなど、多彩なお酒をラインアップしている黒澤酒造。今後はもう少し商品数を絞り、個性をよりはっきりと打ち出していきたいと考えています。なかでも力を入れたいのが、「穂積」のように、この酒蔵にしか出せない味わいのお酒。「生酛(きもと)造り」を軸に据え、今後も深まっていく“黒澤の味”に期待が高まります。

 

酒蔵からのメッセージ

杜氏は黒澤さんの弟・洋平さんが務める

 

黒澤さんは、日本酒の世界をマニアックなものではなく、開かれたものにしたいと考えています。「あまり頭で考えず、素直にお楽しみいただければ。とはいえ、うちのお酒はちょっと個性が強い方だと思います。まずは気軽に日本酒に触れて、2番目、3番目ぐらいに黒澤の酒を試してみてください。香りが華やかなお酒ではなくて、こうしたどっしりとした旨味の日本酒があることも知っていただけたらうれしいですね」(黒澤さん)。

 

【Info】

黒澤酒造

1858年(安政5年)に長野県の北八ヶ岳山麓で創業。標高800m、日本一の長さを誇る信濃川・千曲川流域最上流の酒蔵です。代表銘柄は、「井戸の守り手の長」を意味する「井筒長」。敷地内には、年中無休・無料で見学できる酒の資料館、創業当時の酒蔵を改修した「ギャラリーくろさわ」があり、コンサートや絵画展を行っています。併設のショップでは商品の試飲や販売も。田植えから稲刈り、酒の仕込みまでを体験できる「八千穂美醸会」は20年以上続いており、現在は会員数約80名。毎年春に新会員を募集しています。

住  所|長野県南佐久郡佐久穂町大字穂積1400
アクセス|JR小海線「八千穂駅」から徒歩約5分
営業時間|8時~17時(土・日・祝は休業)
※酒の資料館・Shop&Galleryくろさわ 10時〜17時(年末年始除き無休)