秋鹿酒造有限会社(大阪府)

インタビュー

秋鹿酒造の6代目・奥裕明さん

 

秋鹿酒造は1886年(明治19年)創業。奥家の次男・奥鹿之助さんが、製造免許を継承して現在の地、大阪府豊能郡能勢町に分家して酒造りを始めました。

大阪府の最北端に位置する能勢町は「おおさかのてっぺん」といわれ、北摂連山の剣尾山、妙見山、歌垣山に囲まれた山間盆地。日本の原風景ともいえるような自然豊かな里山の風景が広がっています。

秋鹿酒造のモットーは創業当時から変わらず「農醸一貫(米作りから酒造りまで一貫して行うこと)」。庄屋でもあった鹿之助さんは、自らも小作人と共に田に出て農作業に従事していたそう。この習慣は6代目の奥裕明さんにも受け継がれ、現在も自ら夏は田に出て、冬は酒造りに勤しんでいます。

「農醸一貫」を可能にしているのは「夏は大阪の軽井沢。冬は大阪のチベット」とも呼ばれる能勢町の気候・風土・環境です。夏は一日の気温差が10度以上あり、これは山田錦の栽培に最適。またマイナス10度近くまで下がる厳冬期の寒さは酒造りにもってこい。気候、風土、環境のすべてが、「農醸一貫」にはこの上も無い環境なのです。

裕明さんは1987年から自営田で山田錦の栽培を始めました。2012年から農薬や化学肥料を一切使用せず、米作りで出た籾殻や、酒造りで出た米糠や酒粕などを再利用した自然農法による米作りを実施しています。

 

オススメのお酒

自然農法で自家栽培した貴重な山田錦で醸した秋鹿酒造のお酒のなかから2つを厳選してご紹介。秋鹿酒造では2004年より全量純米酒を醸造しています。

 

山廃純米 無濾過原酒 秋鹿

【特長】

秋鹿酒造の定番酒。秋鹿酒造の中でも一層濃醇で個性的な味わいです。山廃仕込で酒母を造る際、天然の乳酸菌が増殖するまで雑菌や野生酵母が入り込まないように低温で温度管理するのが大変なのだとか。50度~60度くらいの燗で飲むのがおすすめ。

 

【ペアリングするなら……】

酸味がくっきりと際立ち、濃醇な味わい。天然の乳酸菌の特性が生きているので、合わせるお料理も、しっかりとした味わいのものや、チーズなどの発酵食品などが好相性。例えば鶏肉とチーズを使ったグラタンや、焼鳥(タレ)、トマトソースのパスタなど、家庭料理との相性も抜群です。

 

純米酒 秋鹿

【特長】

オール山田錦の70%精米の純米酒。山田錦を使った気軽に飲める晩酌酒として造ったお酒です。醪でよく溶けてしっかりと味のするお酒なので、飲みやすく14度まで加水してリーズナブルな価格で蔵出ししたところ大人気に。発売以来25年以上続くロングセラー商品です。

 

【ペアリングするなら……】

日本酒としてはアルコール度数が低めで飲みやすいので優しい味わいの日本食やなべ物などにぴったり。こちらも50度~60度くらいの燗で飲むのがオススメ。

 

「農」が教えてくれたこと

秋鹿酒造の山田錦栽培の歴史

 

1987年に自営田で山田錦の栽培を始めた理由は2つあります。1つはその当時、空前の大吟醸ブームで山田錦は引く手あまたで、良質なものがほとんど入手できなかったから。

そしてもう1つの理由は、能勢の地に山田錦の栽培を復活させるため。かつて能勢地方は山田錦の一大産地だったのですが、戦後その栽培が途切れてしまったそう。「一大産地であったことが、この地が山田錦の栽培にとって適地であることの証明です」と裕明さん。実際、能勢町の自然や気候、風土は山田錦の主産地である兵庫県の吉川や社と非常によく似ているそうです。

三反(30a)から始めた山田錦の栽培でしたが、最初の3年間は失敗の連続だったそう。収穫を前にほとんどが倒伏。チッ素肥料過多で、もともと丈の長い稲がより一層長くなり、穂の重さに耐えきれず倒れてしまったのです。

4年目に無肥料で栽培する事で、ようやく“見事”な山田錦を収穫する事ができたそう。無肥料の方が良い山田錦が穫れるとは意外ですが、秋鹿酒造の山田錦は“見事”の意味するところが兵庫県などで栽培されているものとは異なるのです。

「一般的には限界までたわわに実らせて収穫することを”見事”と言いますが、僕たちは少々粒が細くても倒れずに台風にも耐える稲を“見事といいます。そのためにはチッ素肥料を極力控える必要があります。それによって味も良くなります。最近の研究ではチッ素が多いとアミノ酸が増えて、旨味ではなく苦みや雑味が生じることがわかっています」。

 

秋鹿酒造を支えた人々との出会い

山田錦の栽培を初めて今年で35年。「これまでいろんな出会いがあり転機がありました」としみじみ振り返る裕明さん。最初の出会いは山田錦を栽培し始めてまもない頃に、大阪国税局鑑定官室長として赴任してきた永谷正治先生。酒造りのエキスパートで米作りにも造詣が深く、山田錦が倒伏しなくなったのは永谷先生の指導のおかげなのだとか。また、作付面積が増えて山田錦の収量が増えたときに「大吟醸だけではなく、気軽に飲める晩酌酒にも使ってみたら」とアドバイスをくれたそう。そうして誕生したのが、「秋鹿酒造のおすすめのお酒」として紹介している「純米酒 秋鹿」です。

2人目の出会いは田中農場の田中正保氏。大変手間がかかる反面、強い苗ができるポット苗作りを実践している農業法人の会長です。

苗の出来が作柄の半分を決めることを意味する「苗半作」という言葉があるように、米作りは苗作りが重要。田中さんの苗床を見学に行った際、背丈が30cm位にもなりながら、しっかりと極太の成苗だったことに驚いたと同時に、「追い求めていた理想の苗に出会えた感動で身震いした」そうです。以降、現在に至るまで田中さんは良質な山田錦の購入先であると同時に、栽培技術などに関する情報交換を行なう良き仲間でもあるそうです。

田中氏との出会いを取り持ってくれたのは、蔵元交流会で指導してくれた酒造技術者で“純米酒の神様”とも呼ばれた上原浩先生。2006年に亡くなり、偲ぶ会でたまたま横に座っていたのが田中氏だったそう。「この出会いは上原先生の思し召し以外の何者でもない」と信じています。

「同業者を含む酒販業界の方々や飲食店、消費者に支えられて今の秋鹿が存在しています。これからも色んな方と出会うことによって変革していくと思います」と裕明さん。「農!と言える酒蔵の会」に入ったのもこういう理由から。人との出会いによって変わっていく秋鹿のお酒の今後にも乞うご期待です。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

雑草対策は米糠を散布。発生する有機酸で草の芽を弱らし、米糠の遮光効果で成長を阻害します。田植え後は出来るだけ早く乗用除草機で除草。ある程度稲が育ったら雑草と共存しながら、目に余るものは手で取り除きます。肥料は米糠や、米糠と籾殻で作った籾殻堆肥、酒粕と籾殻で作った酒粕発酵堆肥など。それ以外のものは何も田んぼには入れない、無農薬、無化学肥料による循環農法のためか、反収(10アール当たりの収量)は2俵ほど(2021年度実績)と、収量が少ないのが目下の悩み。

「今後はこの農法を守りながら、栽培技術を研究したり、『農!と言える酒蔵の会』で情報を得たりして何とか反収を倍にしたい。そうすれば当蔵の使用玄米の50%がまかなえ、全量自営田産の蔵に半歩近づくことができます。こだわり抜いた貴重なお米なので、出来るだけ無駄にせず、全部お酒にしてやることも目標です。過度な精白はせず、お米を出来るだけ溶かして酒にし、酒粕が出来るだけ少なくなるように醸すことで、豊潤で濃厚な切れの良い味わいが生まれます。肥料成分も少なく、逆境の中で育った力強いお米なので熟成にも最適。今現在、熟成酒にも取組んでいますが、それ以外にもより一層、年数やアイテムを充実させていく方針です」。

 

酒蔵からのメッセージ

「色々なタイプのお酒があるので、お酒のポテンシャルを十二分に引き出す温度で飲んでいただきたいです。冷やしても美味しい秋鹿もありますが、全てのお酒が常温もしくはお燗して美味しいように配慮して造っています。……と言っても蔵元が言ってるからこの温度じゃなきゃだめということではありません。秋鹿はお酒単体で飲むよりは、お料理と合わせて飲むと一層真価を発揮します。温度帯によってお料理の幅が広がるので、さまざまな温度でいろいろなお料理と楽しんでください。そして適切な温度でもお楽しみいただくとまた違った味わいが感じられると思います」。

 

【Info】

秋鹿酒造有限会社

こだわり抜いた米で自然の力を活かして酒を造る秋鹿酒造のお酒は、すべて醸造用アルコールを一切使用しない純米酒。「秋鹿一貫造り」は2019年に開催された「G20 大阪サミット」の乾杯酒として提供されました。

住  所|大阪府豊能郡能勢町倉垣1007
アクセス|能勢電鉄妙見口駅からタクシーで15分