泉橋酒造株式会社(神奈川県)

インタビュー

「泉橋酒造」の6代目当主・橋場友一さん

 

丹沢山系の伏流水に恵まれた海老名耕地(えびなごうち)。1857年(安政4年)、この地に「泉橋酒造」の前身となる橋場酒造が誕生しました。酒蔵としては珍しく都市部に隣接した立地ですが、そもそもこの地は神奈川県内でも有数の穀倉地帯。そして橋場酒造を創業した橋場家は、元々この地一帯の農業を預かる家だったのだとか。

「余っていたお米で酒造りを始めた可能性が高いんですよね。うちは代々400年ほど農業をやっていた家系で、実は酒蔵としての歴史の方が後なんです」と語るのは、6代目当主である橋場友一さん。米の余剰をなんとか利用できないかと考えた初代・橋場友八さんは、両親の大反対を押し切って酒蔵の創業に漕ぎ着けたといいます。その意気込みは「ハンガー・ストライキをも起こしたほどだった」そう。そのような強い意志と情熱によって酒蔵が開かれ、はや165年。長い歴史の中には、戦時中公布された「企業整備令」によって事業の休止を余儀なくされたり、「食糧管理法」によって米の生産・流通・消費が政府に一括管理されたりと、紆余曲折がありました。しかしそれでも、1953年には蔵の名を「泉橋酒造」と改め酒造りを再開するなど、家業としての酒蔵は守り続けてきたといいます。

そして、友一さんが当主となって切り盛りする今。泉橋酒造は酒米の栽培から醸造までを一貫して行う「栽培醸造蔵®️」として、神奈川県の地酒造りのみならず、米の生産にも貢献しているのです。

 

オススメのお酒と楽しみ方

泉橋酒造が醸造するのは純米酒のみ。現存する酒造法の中でも最も伝統的な「生酛造り」によって、自然な味わいを生かしたお酒を醸造しています。今回はその中でも特別に2品をご紹介していただきました。

 

いづみ橋 恵 青ラベル 純米吟醸酒

【特長】

地元農家と協力し育てた酒米「山田錦」を58%まで磨き、手作りで丁寧に仕込んだ純米吟醸酒。特殊な麹菌や酵母菌などを使用せず、至って伝統的な手法で製造された「恵」シリーズは、2000年の発売以来好評を博しています。

ちなみに「恵」の由来は、日本人の道徳のひとつである「五恩五恵(ごおんごけい)」。太陽・自然・祖先・師・友の5つを敬うこの言葉を、そのまま米作りの理念として捉え直したのだとか。

 

【ペアリングなら…】

口当たりはスムーズかつソフト、かつ余韻の残る辛口は、出汁を使った和食や、白身の魚介類ともぴったり。冷酒、または、燗酒がおすすめの飲み方です。

 

純米大吟醸 とんぼラベル 楽風舞 生酛造り

【特長】

お米は品種によってそれぞれの成長速度基準(早晩性 / そうばんせい)を持っており、成長速度の速いものを早生(わせ)、遅いものを晩生(おくて)、その中間のものを中生(なかて)と呼びます。新種の酒米「楽風舞」は早生。同じく早生である「五百万石」と「どんとこい」の二種を掛け合わせて作られたとあって、早生ならではの軽快な口当たりが特徴です。さらは、「五百万石」の甘味に「どんとこい」の旨味と酸味が加わり、バランスの取れた味わいに。

“田んぼの恵”を表したという泉橋酒造のトレードマーク・とんぼラベルを傍らに愛でつつ、米のもつ豊かなストーリーに想いを馳せてみては?

 

【ペアリングなら…】

軽快な口当たりは、酸味の効いたサラダなどと相性抜群。爽やかさの中にも変わりゆく複雑な味のレイヤーを楽しんで。

 

農に対しての想い

再び「農」を始めたきっかけは、大ヒットドラマ『夏子の酒』

泉橋酒造みずからが栽培する田んぼはおよそ8ヘクタール

 

現在「栽培醸造蔵®️」として、米の栽培から醸造までを一貫して手掛ける友一さん。さぞかし最初から熱い思いがあったのかといえばさほどでもなく、「農業と酒造が分離していた戦後に育ったので、米を見て酒になるイメージなんてなかったですね、最初は。田んぼ入ってるのもカッコ悪いと思っていたし」とのこと。

そんな友一さんの転機となったのは、1994年に放送された大ヒットドラマ『夏子の酒』。酒蔵出身の夏子が亡くなった兄の夢を継ぎ、幻の酒米から日本一の酒を造る、というストーリーです。「酒蔵が米から作るという発想があるんだ、ということに気づきました」。

その当時、友一さんは大阪の証券会社に勤めるサラリーマン。いずれ家業を受け継ぐつもりではありましたが、「日本酒業界においては神奈川県は“弱小”県。新潟や京都、長野など、県単位の(地酒の)経済戦争から負けている土地柄だから、何か自分が家業を継ぐ時のネタを探していた」のだそう。折りしもドラマ放送後翌年の1995年は「食糧管理法」が廃止されたタイミング。さらに同年は“Windows 95”の発売によって「インターネット元年」ともなり、歴史の針が大きく進んだと同時に、友一さんにとっての追い風にもなりました。

時流に乗って新しい会社のHPを立ち上げ、消費者参加型の田植え体験イベントの参加者を募集してみたところ、たちまちこれがこれが大反響。

「当時はHPを作ると新聞に載ったんですよ。それを見た理系男子たちが田植えをやりたいと申し込んでくれて、1996年の春から早速田植えのイベントが始まりました」。

こうして半ば試験的に、泉橋酒造の酒米作りが再開していったのです。ちなみにこの田植え体験は好評を博し、来春には第27回目を迎える長寿イベントに成長したそう。

 

フランスワインを通じ「テロワール」を学ぶ

山田錦を栽培する田んぼ

 

最初は手探りで始めた米の栽培も、今では神奈川県を代表するまでの生産規模に。酒米「山田錦」の生産量ランキングでは40県中20位に神奈川県がランクインしていますが、このほとんどが泉橋酒造の生産によるものです。一体、なぜこれほどまでに米の栽培に力を入れることになったのでしょうか? と橋場さんに尋ねたところ……「僕が蔵に戻った数年後に赤ワインブームが訪れました。“赤ワインじゃなければお酒じゃない”、“ワインを飲んでいれば病気にならない”みたいな(笑)。そんな時、フランスへワインを買い付けに行く酒屋さんが『一緒に来ないか?』と誘ってくれたんです。試しについて行ったら、見事にフランスかぶれになって帰ってきてしまって(笑)」。

世界で広く愛されているワインの中でも、思想的支柱の役割を果たしていたのがフランスワイン。その中で友一さんが影響を受けたのが、「テロワール」という思想だったといいます。これは葡萄畑の土壌や気候、地形など、葡萄を取り巻く全ての環境がワインの味を決定するという考え方。日本ではまだまだ農業と酒造を一気通貫で考える習慣が少なかった当時、こうした世界のスタンダードに触れることで「自分は米から酒を作ろうとなおさら強く思った」のだとか。

新しく作り直したHPのタイトルは「目指せ!ドメーヌ(※1)泉橋」。2006年に精米機の導入をおこなったことや、2009年に株式会社の農業参入が認められたことなども手伝って、タイトル通り、加速度的にドメーヌ化が進んでいきました。当時は生産量が全体の15%程度にしか満たなかった地元の酒米も、現在では90%(自社栽培20%、地元の契約農家70%)の生産量にまで上っています。全ては、良い酒を醸すため。まだ数の少ない“ドメーヌな酒蔵”として日本酒業界を牽引し続けています。

 

※1 ドメーヌ

自分でブドウの栽培から醸造、熟成、瓶詰めまでを行う生産者のこと。テロワールとワンセットで使われることが多い言葉。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

10年後はどのようなお蔵になっていたいですか?そのように訊ねたところ、とてもシンプルな答えが返ってきました。

「もっと地元のお米を使って日本酒をたくさん売れる会社になりたい」と。

実は、この二十数年間で泉橋酒造が酒米を量産できるようになったのは、その背景に地元の農家が相次いで廃業している現実があるからこそ。「農家が減る流れというのはきっとこれからも時代の流れ的に変わりません。だからうちがもっとお米を生かせる会社に成長を遂げていかないと、地元の農業風景が存続できないと思うのです」。

泉橋酒造では現在日本酒と食事のペアリングをコンセプトにしたレストラン「蔵元佳肴いづみ橋」を経営していますが、その目的のひとつは、やはり地元への集客。「成人男女が日本酒を1日1合飲めば米余りが解消される」と友一さんが語るように、日本酒の消費量が増えれば、農家の明日が少し明るいものとなるのです。東京近郊にお住まいの方は、日本酒を想うひと時を過ごしに、海老名へ足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?

 

日本酒を楽しむ人にメッセージ

一献の日本酒にも、日本の太陽であったり、自然であったり、過去から受け継がれた田んぼだったりと、実にさまざまな恵がそこに込められています。酔っ払う前に、そんな日本酒の持つ豊かさを感じていただけたら嬉しいですね。

また、お酒を楽しむこと、食を楽しむことは世界の共通語です。“SAKE”で通じる民族固有の文化があることに、誇りを持ってもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。

 

【Info】

泉橋酒造

1857年(安政4年)創業。1996年から本格的な酒米作りを開始し、2年目には地元の生産者とともに「さがみ酒米研究会」を発足。以来、酒米栽培の研究・勉強会を開催しています。2016年には酒米の栽培から醸造までを一貫して行う「栽培醸造蔵」を商標登録しました。

試飲販売所「酒友館」では、お酒の味を実際に試した上でお買い求めいただけます。

また、冬期には有料の見学予約も受け付けております。

 

住  所|神奈川県海老名市下今泉5−5−1
アクセス|小田急線・相鉄線・JR線の各海老名駅より徒歩約25分、海老名駅東口よりタクシー約5分、JR海老名駅西口発「内陸工業団地経由 愛川バスセンター行」で「今泉バス亭」下車し、徒歩約5分
営業時間|10時~18時
※お盆と年末年始のお休みはHPにてご確認ください