株式会社髙橋庄作酒造店(福島県)

インタビュー

福島県会津にある髙橋庄作酒造店が酒造りを始めたのは明治のはじめ頃。戊辰戦争による災禍や再三の火災により記録を失ってしまったため正確な時期はわかりませんが、自農地で採れた米を元に、酒造業者としての基礎を固めたそう。以降、米作りから携わる酒造りへの情熱は代々受け継がれて今に至ります。

現在の蔵元は6代目の髙橋亘さん。父の代で普通酒を全廃し、純米酒中心の酒造りへとシフト。それ以来「土産土法(どさんどほう)」をテーマに掲げ、会津のお米と人と水を使い、会津のやり方でお酒を醸しています。

亘さんは2019年より「土産土法」をさらに突き詰めた「一田一醸」をスタート。「田んぼ毎の特徴を酒質に表現したい」と、1つの田んぼから1つの酒を醸造する試みです。今年は4ha、7枚に分かれた自社田で穫れた米で醸した7種類と、契約農家の4枚の田んぼで穫れた米で醸した4種類、計11種類をラインナップ。「穣」シリーズとして販売しています。

 

オススメのお酒

 

「一田一醸」をテーマに掲げる「穣」シリーズの中から「羽黒7」と、「土産土法」をテーマに掲げる「会津娘」を象徴する純米酒を紹介します。

 

会津娘「穣」シリーズ 羽黒7

【特長】

栄養リッチな腐葉土の田んぼで育った酒米「五百万石」で醸したお酒。自社田の多くは川のそばにあり、水はけのいい砂礫層ののため、このお酒の田んぼはちょっと異色。「穣」シリーズの中でも、他とは違ったニュアンスが楽しめます。

商品名「羽黒7」は田んぼの地番のこと。「穣」シリーズの商品名はすべて田んぼの地番が付けられています。実は蔵人の皆さんも「穣」シリーズを手掛けるようになって初めて田んぼに地番があることを知ったそう。あまり馴染みが無いため、よりわかりやすくするために、名前の後ろには、その田んぼを象徴するアイコンが付いています。「羽黒7」のアイコンはトンビ。7枚ある自社田のなかで一番大きな田んぼで、トンビがよく飛んでいるそうです。

 

【ペアリングするなら……】

豆や根菜、馬肉など福島でとれる食材に合うように設計しているそう。いろいろな料理と合わせてみてください。

 

純米酒 会津娘

【特長】

「土産土法」をモットーに酒造りを続けてきた髙橋庄作酒造店の看板ブランド「会津娘」の中心となるお酒。会津産の酒米「五百万石」や「夢の香」の味わいや特徴を、酒質にいかに表現するかにこだわっています。

 

【ペアリングするなら……】

こちらも豆や根菜、馬肉など福島でとれる食材に合うように設計されています。しかし「福島産にこだわる必要はありません。いろいろ試して、どんな料理と合うのか教えて」と亘さん。

 

「農」が教えてくれたこと

「穣」シリーズに込めた想い

 

「穣」シリーズは酒米以外はすべて同じスペックで造られています。シリーズのすべてが五百万石を使い、55%に精米し、アルコール度数や、瓶詰めのタイミングも全て一緒。異なるのは米が育った田んぼだけ。――そこには米を栽培することで辿り着いた、酒造りへの深い哲学があります。

「米と水は酒の味を決めるうえで3割くらいのウエイトです。残りの7割は誰がどこで、どうやって醸すのか……技術や酒質設計が大きな割合を占めます。しかしたかだか3割ですが、水と米は土台で、酒の輪郭を決める重要な要素。実際に田んぼで仕事をしていると、稲の生育は田んぼごとに違って、手のかかる田んぼもあれば、優秀な田んぼもある。そうした僕らが日々感じている田んぼごとの違いを、お酒の味わいで表現したい。お酒がおいしいのは当たり前。これからの時代はそれだけじゃなく、その背景にあるものも知りたくなるような酒であることが大事だと思うんです。もっと知りたいと思ったときに、その答えを持っているお酒でありたい。答えは蔵によっていろいろなアプローチがありますが、うちは田んぼに答えを求めたのです」

 

試行錯誤の「穣」シリーズ

 

米以外のスペックをすべて統一する……、それは口でいうのは簡単ですが、実はとても大変な作業。出来上がりの数値をすべて揃えるために、米ごとにアプローチを変える必要があるのです。

例えば洗米して加水するときの目標数値を30%と設定したら、米ごとに給水時間を調整します。麹を造る際もαアミラーゼやグルコアミラーゼ、酸性プロテアーゼといった分解酵素の数値が目標値に達するまで、米ごとに発酵時間や温度などを変える必要があるのです。

それでも「一田一醸」への試みをやめないのは、苦労して育てた米への愛情から。「手間暇かけて育てた米がコンテナに入って全てが一緒になってしまうのはもったいないし寂しい。それに、この田んぼの米だからこういう発酵経過をとるんだとかということが、数字やスペックとは別のところでも体感できて面白いんです」と亘さんはしみじみ語ります。

 

米作りが酒造りにもたらすもの

 

「米作りの経験の有無が、酒造りのYの字でものをいう」と亘さん。米作りのバッググラウンドのある人と無い人では、酒造りにおいてYの字(二者択一の場面)に出くわしたときの選択が変わって来るというのです。もともと酒造りは夏場仕事のない米農家によって行われてきました。しかし時代が変わり、蔵人は社員として年間雇用に。昔の蔵人が当然持っていた米に対する知識や情報、思いなどのバッググラウンドがないため、米は単なる原料になってしまったのです。

「Yの字の積み重ねが酒の個性につながります。プロの農家に比べたら限られた量ですが、蔵人が本来持っていた感覚をほんの少しだけでも持つことができたら、より米や田んぼの個性を活かした酒造りができると思って米作りしています」

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

酒造りというと重い米袋をかついで、夜通し発酵を見守って……とハードワークなイメージがありますが、髙橋庄作酒造店の労働環境はとても近代的。蔵人の半分以上が女性で、年間の残業時間は1時間。「労働環境を理由に酒造りを諦めてほしくない」と、きつい仕事を無理なく、楽しくできるような仕組みづくりや設備投資を日々考え、改善しています。

「こうして酒造りができるのは蔵のスタッフのおかげ。将来的には彼らが一人の農家として、醸造家として、それぞれが思い描く未来像を叶える環境を整えてあげたい。会津は農業に対する行政のサポートも手厚くて、気候も最適。酒造りにも米作りにも恵まれている環境だから、この状況が30年先も続くように大切にしていきたいです」

 

酒蔵からのメッセージ

 

「『農!と言える酒蔵の会』の蔵はみな、自分の土地で育てた米でお酒を造っているので、その土地の風と土の薫りや、蔵の情景も感じながら味わってもらうと、お酒の楽しみ方の幅が広がると思います」と亘さん。

髙橋庄作酒造店の公式サイトには「穣」シリーズのすべてのお酒について、土壌の特徴や田んぼの位置、農作業の様子などが明記されています。飲んでみて「もっと知りたい」と思ったら、ぜひサイトへ。もしかしたら味わいの答えがそこに見つかるかもしれません。

 

【Info】

株式会社髙橋庄作酒造店

「通常商品は酒屋さんで購入してほしい」と、自社ECサイトでは一般には流通していない「ふなくち」(少しにごりのある搾りたての原酒)や「穣」シリーズのビンテージ、地元のみで販売している季節限定商品などを販売しています。

住  所|福島県会津若松市門田町大字一ノ堰村東755
アクセス|会津鉄道門田駅から徒歩11分
営業時間|8時~17時(土・日・祝は休業)