株式会社稲田本店(鳥取県)

インタビュー

稲田本店のメンバーとたわわに実る自社田

 

名峰と名高い大山を望み、豊かな水とよい米に恵まれた鳥取県米子市。稲田本店はそんな風光明媚な地で、1673年から酒造りを続けています。歴史ある蔵ですが、1892年には日本でいち早くビール工場を建設、1931年には当時は珍しかった冷やして楽しむ純米酒「トップ水雷」を発売するなど、その時代ごとに新しいことに取り組んできました。

そもそも、ここ米子地方は古代、ヤマタノオロチ伝説で知られる出雲の国でした。稲田姫は、ヤマタノオロチのいけにえにされかけたところをスサノオノミコトに助けられ、夫婦として結ばれる……代表銘柄の「稲田姫」は、そんな神話からつけた名前です。「古事記」では櫛名田比売(クシナダヒメ)とも呼ばれ、縁結びの神様として知られています。

「『稲田姫』の名にあやかって、お酒を通じていろいろな方との縁を結べたらと思っているんです」と話すのは、稲田本店 代表取締役の成瀬 以久さん。

 

オススメのお酒

 

純米酒原酒 天宮五百万石

【特長】

稲田本店の田んぼは、通称「天宮さん」と呼ばれる山のふもとにあることから、通称「天宮ファーム」と呼ばれています。

そんな天宮ファームで、成瀬さんたちが作った酒米「五百万石」で醸したのが「純米酒原酒 天宮五百万石」です。五百万石の特徴である、後味のキレがたっぷりと堪能できます。香りはブドウのようで、食中酒としてタイミングを問わず楽しめます。

 

【ペアリングするなら…】

あっさりとしたグルメと相性がよく、成瀬さんのおすすめは白身魚のカルパッチョとの組み合わせ。また、ご当地名産の白いかとの相性も抜群。ぜひ鳥取に行って試してみたい組み合わせです。

 

純米吟醸 いなたひめ 強力

【特長】

鳥取県産の酒造好適米「強力(ごうりき)」を使用した純米吟醸酒です。熟れたりんごのような落ち着きのある香りとコクがあり、後口の酸味は「強力」ならではのもの。香り・酸味・旨味のそれぞれが持ち味を引き出し合い、三位一体となる深い味わいが人気の看板商品です。

「強力」は、明治時代に鳥取県で盛んに作られていた米でした。大粒で酒米に適していましたが、稲の高さが130~140㎝にまで育ち、倒れやすいことから栽培農家が減り、ここ40年余りは「幻の酒米」と呼ばれるほどに希少価値が高くなっていました。復活したのは平成に入ってから。「強力」で作ったお酒はコクや酸味が感じられ、他の酒米にはない魅力を持つのだとか。

こちらは、2021年に完全菜食主義に対応した「ヴィーガン認証」を取得しているので、海外の方のもてなしやお土産にも向きます。

 

【ペアリングするなら…】

甘辛い煮付けやクリームソースを使った、こってりとした洋風の料理と好相性。また、成瀬さんのお気に入りは、ウスターソースをたっぷりかけたアジフライとのペアリング。「純米吟醸 いなたひめ 強力」の酸味やコクとアジの旨味と相性がよく、衣のオイリー感をしっかりと受け止めてくれます。

 

IKU’S SHIRO

【特長】

「日本酒になじみがない方にも楽しんでいただきたい」と新たに立ち上げたブランド「IKU’S(イクス)」。その「IKU’S SHIRO」は、アルコール度数9%と低アルコールで、甘さと酸味をバランスよく兼ね備えた純米大吟醸です。酸味はまるで白ワインのようで、フルーティー。「皆さん、『これが日本酒なの!?』と驚かれるほど」と成瀬さん。これから日本酒デビューする人や、日本酒が苦手な人にとっての“入り口”になってくれそうなお酒です。

軽やかなので、シャンパングラスに注いで乾杯のお酒にしてもぴったり。

華やかな上にヴィーガン認証も取得しているので、クリスマスなど、人が集まる機会が多い秋冬シーズンに重宝しそうです。

 

【ペアリングするなら…】

スイーツとの相性がよく、成瀬さんのおすすめは苺大福。苺の酸味と「IKU’S SHIRO」の酸味がお互いを引き立て合う組み合わせなのだとか。杜氏一押しのペアリングはメロンの生ハム巻き。ほかにも生牡蠣など、磯の香りが強いグルメも引き立ててくれます。

 

「農」が教えてくれたこと

田植えの時期の自社圃場

 

稲田本店が酒米作りをはじめたのは、2017年のこと。成瀬さんの実家が所有していた休耕田1枚を使い、酒米「五百万石」の栽培を始めました。

「ちょうど私の娘が20歳になる年だったので、記念のお酒をお米から作ったらどうだろうとひらめいたんです」と話す成瀬さんですが、実は以前から、お酒の原料となるお米を自分たちで作りたいという希望はありました。その理由のひとつが、後継者がおらず、荒れたままになっている田畑がたくさんあったこと。自分たちの手で、なんとかそれを活かせないかと考えていたそうです。

「素人ながら農業を始めようというとき、人づてで『農!と言える酒蔵の会』を知りました。他の酒蔵さんからいろいろなことを教えてもらったり、意見交換をしたりできればと思い、入会させていただいたんです」と、成瀬さん。

 

農業は規模を大きくするほどに機械代がかかることから、現在は無理のない範囲で少しずつ設備を充実させています。2021年には農業も法人化を果たし、現在、田んぼは10反(約10,140平米)まで広がりました。

「近隣では高齢化が進んでおり、農業を営んでいる一番若い方は60代なんです。農業についていろいろと教えていただくなかで、その方々が地域で長年培った知恵を受け継ぐことも重要な役割なのではないかと思うようになりました」と成瀬さんは語ります。

 

「農」を始めて気づいた地元の魅力

「農業って、ほぼ草取りなんです」と笑う成瀬さん。肉体労働が中心になるからこそ、若者が楽しめるような何かを農業の中に見つけ、若い力を呼び込むことができないか――。そんなことを成瀬さんは日々考えていると言います。

「自分たちで作った米でお酒を造るのも、その『楽しめること』のひとつになるかもしれません。地方では高齢化が進み、いろいろなことが止まってしまいがち。私たちが何かしら働きかけることで、若い人に入ってきてもらい、いろいろなことがぐるぐると動き、循環し始めるといいなと思うんです」。成瀬さんが目指す世界は、農を未来に繋いでいけるような、サステナブルな社会です。

他に気づいた地元の魅力は?と聞くと、“獣や虫”だと教えてくれました。

成瀬さんをはじめスタッフが毎日田んぼに足を運ぶと、当たり前のことながらたくさんの獣や虫がいることに驚かされるのだそうです。「たとえば雀はすごく賢くて、確実に美味しく実った米をついばんでいく。絶対に電線の上から、『あそこの米はうまいでー!』とみているんだと思います」と語る成瀬さん。農業を通じ、素朴な自然風景の魅力を再発見する日々を送っています。

 

ワクワクしながらの米作り、酒造り

「米作りを始めた一年目は、自分たちで作ったお米が実り、酒を醸せたことだけで充分に嬉しかったんです」と成瀬さんは目を輝かせます。

自分たちで作ることのよさは、肥料をどれだけ使うか、あるいは使わないかを管理でき、よりお米に愛着を持って酒造りに取り組めること。最初は「五百万石」の栽培から始まり、2022年は「強力」を初めて作付けしたそう。次は山田錦も作ってみたいと、酒米作りの夢は膨らみます。

「今はまだ、『こういうお酒を造りたいからこういうお米を作りたい』とコントロールできる域に至っておらず、米の生産量もまだまだ少ないです。でも、思いは大きくて、秋になるたびに『このお米でどんなお酒を造ろうか!』と、みんなでワクワクしています」と成瀬さん。

飾らず素直に無理せず、稲田本店の「農」は歩みを進めています。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

自然の中で健やかに育つ稲

 

少しずつ規模を大きくしているとはいえ、稲田本店の酒造りに使う米は、まだまだ買い付けたものが中心。

「少しずつ自分達で作った米の比率を増やして、ゆくゆくは地域を巻き込み、そこに若い人が自然に入ってきてくれれば」と、成瀬さんが語るビジョンの中心には「農」があります。

 

お米作りだけで農業の採算を合わせるのは難しい現実もあり、現在、稲田本店では他の作物の栽培も検討中。加工食品を作って利益を出すことができないか、おつまみになるようなものを自分たちで作ることができないか、何かこの地域の気候風土に合った特産品を作ることができないか。そんな試行錯誤が始まっています。

成瀬さんは、ちょっと子供がはにかんだような笑顔で「実家には田んぼだけではなく畑もあるので、ちょこちょこといろいろなものを植えて試しているところです。今年は畑で大豆を作りました。酒蔵の麹と合わせて味噌を作れたらいいですよね」と、小さな夢を教えてくれました。

 

酒蔵からのメッセージ

稲田本店 代表取締役の成瀬 以久さん

 

実は成瀬さんはお酒が強いほうではないのだとか。だからこそ、男の人も女の人も、日本酒が好きな人も、苦手な人も日本酒を自由に楽しんでほしいと願っています。それは、稲田本店のモットー「醸し 新し おもしろし 男も女も 上戸も下戸も みんな稲田本店へいらっしゃい」そのもの。飲めない人にも、「おっ、これは!」と思ってもらえるような何かを提供することを目指しています。「シンプルに、『笑顔になってもらえる』だけでいいじゃない! わたしはそんな風に思っているんです」(成瀬さん)。

そして2023年、稲田本店は創業350周年を迎えます。

節目の年に、「スタッフ一同、気持ちを新たにして美味しいお酒を造っていこうと張り切っています。縁結びの神様『稲田姫』にあやかって、お酒を通じ、たくさんの新たなご縁を結んでいきたいものです」と、まだ見ぬ世界、まだ見ぬ人々に成瀬さんは胸を膨らませました。

 

【Info】

稲田本店

延宝元年(1673年)から、山陰地方の地酒文化を守りながら酒造りをしています。代表的な銘柄は「稲田姫」と、東郷元帥が命名した「トップ水雷」。代表取締役の成瀬さんをはじめ、スタッフには女性が多く、老若男女で和気あいあいと酒造りをしているのだとか。3日前までに予約すれば、酒蔵見学もできます。

住  所|鳥取県米子市夜見町325-16
アクセス|JR米子駅から車で約15分
営業時間|9時〜17時(土・日・祝は休業)※酒蔵見学は応相談