株式会社一ノ蔵(宮城県)

インタビュー

一ノ蔵の代表取締役社長・鈴木整さん

 

1973年、宮城県で小さな4つの酒蔵が集まり、新しい酒蔵を作りました。それが一ノ蔵です。きっかけは、1969年に生産者が米を指定卸売業者に直接売ることを認める「自主流通米制度」が実施されたこと。酒の原料となる米の価格が結果的に上がり、小さな酒蔵は打撃を受けました。そこで酒造りの文化を絶やすまいと、若い4人の経営者が力を合わせ、ひとつの酒蔵を立ち上げたのでした。

「創業した4人は私たちの父親にあたる世代で、当時は20~30代。若い力が集まって、今でいうベンチャー精神にあふれた酒蔵ができあがったのです」と話すのは、一ノ蔵の代表取締役社長・鈴木整さん。4人の経営者は新しい酒蔵を創立するため、醸造所に適した土地を探し歩き、地下水に恵まれた大松沢丘陵へ行き当たりました。伝統的な手造りにこだわりつつも、新しいジャンルへの挑戦もいとわない、新進気鋭の酒蔵の誕生でした。

一ノ蔵の商品の中核をなすのは、宮城らしい辛口のすっきりとした味わいのお酒です。合同企業となった4つの酒蔵のうち、2つは海側、もう半分は山側の酒蔵。そのため、海のものにも山のものにも合うお酒を取り揃えています。日本酒の消費が低迷するなか、1983年にはアルコール分8%の極甘口の日本酒「ひめぜん」、1988年には発泡清酒「すず音」と、画期的な日本酒を次々と発売。

超辛口のお酒から甘口までが並ぶラインナップは、まさにベンチャー精神が感じられるもの。他の酒蔵にはない一ノ蔵の特徴です。

 

オススメのお酒

一ノ蔵 特別純米酒辛口

【特長】

「まさに宮城らしい味わいの純米酒」と鈴木さんが胸を張って紹介するのがこの一本。すっきりとした辛口ながら、米の美味しさもたっぷりと味わえます。

原料として使用されているのは、いずれも宮城県発の酒造好適米、蔵の華とササニシキ。蔵の華ですっきりとした味わいの酒を、ササニシキでお米の旨味が詰まった酒を醸し、その2種類をブレンドしています。そのため、温度帯によって表情が変わってくるのもこのお酒の魅力。冷やして飲むと蔵の華のキレのよさが立ち上がり、常温からお燗で飲むと米の豊かな香りが広がります。2つの顔を楽しめるこのお酒は、鈴木さんの晩酌酒でもあるのだとか。

 

【ペアリングするなら……】

宮城県の郷土料理、鶏の出汁で芹を炊く「芹鍋」との相性が抜群。冬にぜひ試してみたい組み合わせです。「私のおすすめはぬる燗です」と鈴木さん。

 

生もと特別純米酒 耕不盡(こうふじん)

【特長】

自社栽培米を使った、「生酛(きもと)造り」の純米酒。今回の「Bar農!」でも楽しめる銘柄です。「生酛造り」は乳酸菌を自然発生させ、その乳酸で雑菌を退ける醸造法の一種。最終的には、乳酸にも負けない清酒酵母だけが残ります。現在行われている醸造法としては、一番伝統的な手法といえます。「顕微鏡もなく、『菌』という概念もなかった時代、昔の人たちは経験の蓄積だけで極めて高度な微生物発酵を制御していたんです。すごいことですし、酒造りの奥深さにいつも魅せられます」と、鈴木さんは酒造りを通して感じる先人の知恵に感動を覚えると言います。

【ペアリングするなら……】

たっぷりとした米の旨味には、サバの味噌煮がぴったり。ほかにも、鈴木さんが「ぜひ試してほしい」と挙げるのが、宮城県の特産品・ホヤの刺身とのペアリング。鮮度が命のホヤと「耕不盡」の組み合わせを、ぜひ宮城へ行った際にお試しください。

 

「農」が教えてくれたこと

一ノ蔵の自社圃場では、環境保全型の農業に取り組んでいる

 

冷害から縮まった「農」との距離

「酒造りの原点は米。米作りとの距離を考え直さなければ」と、一ノ蔵が改めて考えたのは、1993年の記録的な冷夏による米不足でした。原料である酒米の確保は酒蔵にとって死活問題であると改めて感じ、一ノ蔵は酒米契約農家と「松山町酒米研究会」を発足させました。1995年のことでした。

契約農家の方々と近い距離で酒造りを進めるなか、2004年に農地に関する規制緩和が実施されました。一部の特区において(その後全国に緩和)、法人組織が農地を耕すことができるようになったのです。そのタイミングで、一ノ蔵は農業部門を作り、直接米作りを手がけるように。

 

自社の田んぼは実験場

そこで行っていたのは、主に試験栽培でした。気になっているけれどリスクが大きく、契約農家が試せないことを、一ノ蔵の自社圃場でやってみて、上手くいけば契約農家にやってもらうというわけです。20年近くの歳月のなか、多くのことを試してきました。酒造りにとっては雑味になってしまう米のタンパク質をどう抑えるか、一ノ蔵で取り組んでいる減農薬・減肥料の環境保全型農業の一環として、田植えの後に除草剤のかわりに米ぬかをまく農法はどうか。苗と苗の間隔を空けることで、強い稲が育ち、結果的に収穫量は多くなるか。そうして成功例を契約農家に伝え、さらによい酒米が収穫できるようになる好循環を生み出してきました。

また、一ノ蔵の自社圃場では東北大学の農学部と連携して、土壌の研究も行っています。「ダムが整備された今、山の土が川に流れ込むことが少なくなり、結果として稲の栄養になるケイ酸が田んぼに来ていないのではないか」という仮説を証明するのを手伝ったり、それが証明されれば、ケイ酸を含んだ田んぼを作り、丈夫な稲を育てるための方法を試したり。そんなアカデミックな取り組みも、一ノ蔵の農業部門の重要な役目となっています。

日本有数の米どころであるこの宮城の地にも、高齢化の波は押し寄せています。酒蔵として、地域の人から田んぼを託されることも増えました。「今、自社圃場は20ヘクタールですが、事業計画を立てたうえで、30ヘクタールまでは増やさざるをえないだろうと見込んでいます」と鈴木さん。地域と共に歩むなか、一ノ蔵の「農」は少しずつ広がっています。

 

「農」のメリットは原料を確認できること

 

酒蔵が「農」を手がけるメリットは、醸造の前に酒米の状態を確認できること。しかも、酒米の収穫から乾燥、精米までを、蔵人たちが自分の目でたしかめるわけですから、得られる情報は膨大です。「昔から、『杜氏は毎年、一年生』ということばがあります。これは、米の品質はその都度変わるものだから、毎年一年生のつもりで酒造りに臨みなさいという意味。それぐらい、去年と今年の米は違うのが当たり前なんです。その『違い』を細やかに把握できる恩恵は計り知れません」と、鈴木さん。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

「手づくりの仕込みによる高品質の酒造り」を掲げる一ノ蔵本社。最新設備も揃う。

 

一ノ蔵が環境保全農業に取り組む大きな理由は、「酒造りに一番大切なのは『土』」という、鈴木さんたちが創業者から受け継いだ想いがあります。酒造りに大切とされる米を育むのはもちろん、水をろ過するのは「土」だからです。さらに、その風土で育ち、生きる蔵人が酒を造ります。

酒蔵は小高い丘の上にあって上水道は通っておらず、酒造りはすべて井戸水でまかなっています。一ノ蔵ではその井戸水を守るため、蔵の敷地約3倍分の森林も所有し、その保全に取り組んでいます。「土を守っていくために、田んぼにも悪いものはまけない」と考えるのは自然な流れ。持続可能な「農」を目指すため、環境保全型農業を積極的に推進しているのです。「有機栽培を行っている契約農家の方にも、『その考え方はいいぞ、大事にしろ』とおっしゃっていただいています」と鈴木さんは誇りをにじませます。蔵のある土地は、「水がいい場所を」と、創業した先代が4人で探したもの。その土を守り、次世代へ受け渡す。それが鈴木さんたちのネクストビジョンです。

 

酒蔵からのメッセージ

一ノ蔵の経営は、今も4つの酒蔵の後継者が行う。鈴木さんもそのひとり。

 

「女性の方にはとくに、『日本酒を飲んで美しく』とお伝えしたい!」と、鈴木さんは熱を込めて語ります。そのためには、「適量を美しく飲む」ことが必要で、「酒時々水」で、お酒とほぼ同量の水を飲むことがポイントとなります。お燗の場合は白湯でもOK。日本酒は皮膚に一番近い位置を流れる血管を広げる効果があり、そのことはお肌の水分保持につながる……ともいわれています。男女問わず、美と健康のために「酒時々水」を、ぜひ試してみてください。

 

【Info】

一ノ蔵

田んぼに囲まれ、豊かな地下水に恵まれた宮城県大崎市の大松沢丘陵に立つ一ノ蔵は、4つの小さな酒蔵が集まった合同企業。宮城県の伝統的な辛口の酒はもちろん、低アルコール酒や発泡日本酒をいち早く発売し、日本酒ファンのすそ野を広げることにも力を入れています。5月中旬~9月下旬以外の平日は、蔵の見学も可能(要予約)。

住  所|宮城県大崎市松山千石字大欅14
アクセス|JR松山町駅から車で約10分(タクシー乗車の場合は事前予約が必要です)
営業時間|9時~17時 土・日・祝日は休業