有限会社仁井田本家(福島県)

インタビュー

仁井田本家18代目蔵元兼杜氏の仁井田穏彦さん

 

酒どころとして知られる福島県。その中でも郡山市田村町金沢に構える仁井田本家は、1711年(正徳元年)創業の長い歴史を持つ老舗の酒蔵です。「日本の田んぼを守る酒蔵になる」をミッションに、<1.自然米を使う 2.天然水を使う 3.生酛だけで造る>の3項を約束事として酒造りを行っています。

自然米とは「自然栽培(無農薬無肥料)のお米」と「有機栽培(無農薬有機肥料)」の総称ですが、それらを原料として使う“自然派”の酒蔵として歴史を歩み始めたのは、1967年(昭和42年)の時。

先代となる17代目が有機栽培の酒米で「金寳自然酒(きんぽうしぜんしゅ)」を醸したことから、100%有機栽培を目指す方向性へと舵を切りました。

「創業300年の節目となる2011年には“完全自然派”となる目標を見事達成しましたが、その年に東日本大震災が発生しました」と当時を振り返るのは、18代目当主であり、杜氏を務める仁井田穏彦さん。震災が引き起こした福島第1原発事故の影響によって、“自然派”の看板は敬遠される状況に。しかし、人々により危惧されてしまったのは、地元の有機栽培の農家や、そこで穫れた作物を扱うレストランだったとか。

「加工品の方が風評被害が少なかったので、『酒米を作ってもらって、僕らが酒を作ることで凌いでいきましょう』ということで農家さんと契約を始めました。南相馬市の小高町の農家さんには、福島では作りづらいと言われた酒米の品種『雄町』の栽培にチャレンジしてもらったり」。震災が、結果として地元農家との結束をもたらしました。そして現在、仁井田さんは田村町金沢にある60町歩の田んぼを全て有機栽培(やがては自然栽培)に変え、“安全で美味しい福島”の魅力をアピールしていくことを目指していると語ります。

まさに地元の産業を牽引する、未来志向型の酒蔵なのです。

 

オススメのお酒

 

田村 生もと純米酒

【特長】

「しぜんしゅ」の発売30周年を記念して誕生した日本酒。自然栽培の酒米と天然水、天然菌だけで醸した柔らかな味わいは、日本酒が苦手な方にとっても飲みやすいと評判。お米本来の旨味と甘味をじっくり堪能したい人におすすめです。また、酒米の出来栄えによって毎年変わる風味にもご注目あれ。

 

【ペアリングするなら…】

蓮根のきんぴら、根菜を使ったお惣菜など、甘みを感じられる料理との相性は抜群。ホッとするような素朴なマリアージュを楽しんで。

 

にいだぐらんくりゅ

【特長】

10月4日に発売される待望の新作。16代蔵元が植えた自社山の杉の木で木桶を作り、17代蔵元考案の「しぜんしゅ」を醸し、19代蔵元候補がデザインしたボトルに詰めたという、“4世代合作”ともいうべき日本酒です。原料に使用しているのはもちろん、自社田の自然栽培米、 蔵の天然水、 蔵の微生物のみ。「今できる最高級のテロワール」と仁井田さんが表現する珠玉の日本酒を、秋の宵のお供にぜひ加えてみては。

 

【ペアリングするなら…】

杉材の木桶で醸された「にいだぐらんくりゅ」には、木の香りに合うような野菜料理などを合わせて。オーガニックな味わいの向こうに、田村町の風土を感じられるはず。

 

「農」が教えてくれたこと

一年の半分を米作り、もう半分を酒造りをして過ごす仁井田本家

 

まだ全国的に数の少ない農を手がける酒蔵の中でも、よりコストのかかる有機栽培・自然栽培を採用するこだわりを見せる仁井田本家。先代の17代目より自然派志向が強かったことは前述の通りですが、本格的に自社田で酒米を栽培し始めたのは、構造改革の特区制度によって株式会社の農業参入が可能になった2003年のことでした。

「父が自然酒を作るにあたって協力を仰いでいた地元農家の皆さんも、その頃には高齢化を迎えていました。その次世代となると企業勤めと農業を兼業する“サラリーマン農業”となってしまい、とても有機栽培や自然栽培が叶う環境ではありません。だから、もとの慣行栽培に戻ってしまわないよう、自分達が田んぼの受け入れ先として勉強しておこうとしたことが始まりです」。

古くから地域一帯のまとめ役を担ってきた立場も手伝ってか、仁井田さんは強い責任感を滲ませます。酒造りを立ち行かせるためだけでなく、田村町全体の未来を考えて行う農業は精神的にも相当なプレッシャーのはず……。そう思いきや、意外な答えが返ってきました。

「(田んぼを預かることで)どうすれば除草作業の負担が軽減できるか、自然栽培の収量が増えるか、などテストにチャレンジしやすいんです。テスト結果は農家のみなさんにフィードバックして改善につなげていけますし、もしお米が穫れなくて苦しい時期があったとしても、孫の時代にオーガニックな田んぼが広がることで酒造りが進めばいいなという感覚ですね」。

祖先から代々受け継がれてきた美しい水や田んぼ、山などの自然環境を守るためには、人間が余計なものを入れないことが一番でしょう?そう語る仁井田さんの姿は、蔵元というよりももはや「自然の保護者」と呼ぶべきものでした。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

 

仁井田本家が次の10年で思い描くビジョンは主に3つ。

1つ目は、田村町金沢の60町歩の田んぼを全て自然栽培にすること。仁井田本家が管理する田んぼのうち、10%の割合を占める自社田はすでに自然栽培。酒造りに欠かせない菌と水はすでに村の環境で賄っているため、そう遠くない未来に実現できそうな目標です。

2つ目は、社員一人一人が発酵のプロフェッショナルになること。「米から酒を造る技術は、日本人が世界に誇れるものだと思う」と語る仁井田さん。伝統を継承していくために必要なのは、何よりも人材。現在蔵では勉強会を開き、社員の発酵の知識を深めているそうです。

最後の3つ目は、“また来たい”酒蔵になること。“また来たい”と思わせるためには、美しい自然環境の保護、魅力的なイベントの企画立案、スタッフの育成まで、やることがたくさん。それでも「長い歴史を見ても、元々酒蔵というものは地域のコミュニティであり、まとめ役的存在でした。原発事故の影響で福島から人々の足は遠のいてしまったけれど、また福島に来て、美しい環境を感じてほしいです」と仁井田さん。お客様に楽しんでもらうため、現在は杉の木で作った木桶と仕込み水でサウナを作る構想を練っているそう。

一体どのようにしてその柔軟な発想が生まれるのか、と訊ねてみれば、次のように話してくれました。「このあたりは農地の保護地域なので、自然環境に恵まれているんです。あるものだけで十分に素晴らしい、ということを外から来たお客様が教えてくれました」。“自然回帰”と聞けば、都会の便利な生活に慣れきった私たちは反射的に「不便」を連想します。けれど、田村町のように、あるがままの自然こそが恵みそのものだったはずなのです。

恵みを次世代へ途切れさせないためにも、「日本人と里山の関係を取り戻したい」と語る仁井田さん。彼の挑戦は、未だ止まることを知りません。

 

蔵元からのメッセージ

60町歩と広大な面積を誇る田村町の田んぼ

 

中国の盛唐時代の詩人である李白は、“お酒を飲むと宇宙と神に通じる。だから何も恥ずることなく、お酒を飲むべし”と表現しました。人はお酒を飲むとほろ酔い気分になり、日頃の制約から解き放たれ、天まで通じるような感覚すら持ちます。成人男女が1日1合の純米酒を飲めば米余りが解消されると言われている今、日本酒を飲むにはうってつけの理由ではないでしょうか。「日本の田んぼを元気づけるためにも、孫子の代を幸せにするためにも、私は酒を飲む」という気持ちで、ぜひお手にとってみてください。

 

【Info】

仁井田本家

福島県郡山市田村町で1711年に創業した酒蔵。農薬や化学肥料を使わずに栽培した自然米と、村から湧き出る二種の天然水、蔵に住み着く天然菌だけで酒を醸す“自然派”です。敷地内の売店では、日本酒のほか、麹を使ったスイーツや仁井田本家オリジナルグッズなどを販売。栽培から醸造までを体験できる「田んぼのがっこう」をはじめとして、一般客参加型のイベントが月に数回開催されています。

住  所|福島県郡山市田村町金沢字高屋敷139番地
アクセス|(タクシー)郡山駅より所要時間約25分、(バス)郡山駅より所要時間約35分
営業時間|10:00〜17:00(夏季休業日・年末年始等を除く)