富士錦酒造株式会社(静岡県)

インタビュー

富士錦酒造の十八代目蔵元・清信一さん

 

揺れる稲穂の向こうに富士山がそびえる、静岡県富士宮市上柚野。その地で元禄元年(1688年)ら300年以上も酒を造り続けているのが、富士錦酒造です。「とはいえ、最初から商売として酒を造っていたわけではありません」と説明するのは、富士錦酒造 十八代目蔵元の清信一さん。

清さんのご先祖は、鎌倉時代は戦に使う馬の管理を任されていました。小作農が年貢用の米を作りながら馬を育て、食べきれない米で酒を造ったのが、お酒造りのはじまり。秋祭りの際、神様にお神酒として供えた後は、地域の人たち皆でお酒を楽しみ、親睦を深め合っていました。本格的な酒造会社としてのスタートは第二次世界大戦後ですが、昔から米と酒を通じ、地域と強い結びつきがありました。

この土地の水は、富士山の伏流水でとても柔らかいことが特徴。コーヒーやお茶も美味しく淹れられる水です。この水で酒米を育て、酒を醸しています。

 

オススメのお酒

特別純米 ほまれふじ

【特長】

自社の田んぼで栽培した酒米「誉富士(ほまれふじ)」を使った、香り高く深い味わいのお酒。「誉富士」は静岡県内でしか流通していない酒米です。さらに酵母は、静岡県の水に合うように開発された静岡酵母と、まさに“静岡を味わえる”銘柄。

バナナのようにフルーティーな香りがあり、飲み飽きない日本酒を醸せる静岡酵母。実は、富士山麓地域を酒の銘醸地にした立役者でもあります。この酵母が開発される前は、静岡の日本酒は香り高いけれど、コシがないとあまり高く評価されてきませんでした。しかし、1980年代に河村傳兵衛(かわむらでんべえ)さんが静岡酵母を開発すると、この地域特有の柔らかな水のポテンシャルを引き出せるようになり、品評会でも評価がうなぎ上りに。

「1985年には、全国新種品評会で静岡県のお酒10銘柄が金賞を獲得。『ご当地の水を活かした味わいになるからこそ面白い』と多くの人が気づき、地酒ブームのさきがけとなったできごとでした」と清さん。

 

【ペアリングするなら…】

お燗しても冷やでも美味しくいただけます。カツオの刺身など、秋の味覚とも相性抜群。ほかにも出汁を使った煮物にも合います。食事中、じっくりと長く楽しめるお酒です。

 

海と空

【特長】

清さんが「ある意味“日本一”のお酒です」と紹介するのが、「海と空」です。耐圧瓶を使い、駿河湾の深さ20m地点に約8か月沈めた「駿河湾沖海中熟成酒」と、9月の山仕舞いから翌年の山開きまで富士山山頂で保存した「富士山頂越冬熟成酒」のセット。つまり、日本一高低差がある場所で熟成された日本酒なのです。この“日本一”のゲンを担ぎ、贈答用に購入する人も多いのだとか。

「駿河湾沖海中熟成酒」は、2010年、バルト海の沈没船から100年前のシャンパンが発見されたニュースに着想を得たもの。「そのシャンパンがとても美味しかったと話題になり、海流によるわずかな振動で熟成が進んだのではないかと推測されました。それを聞いて、うちでもできないかと思ったんです」(清さん)。南伊豆の漁協に協力をあおぎ、11月に沈め、台風などで海が荒れることがある夏の訪れの前、6月には引きあげます。

一方、「富士山頂越冬熟成酒」が生まれたきっかけは、2013年に富士山がユネスコ世界遺産に登録されたこと。「お酒を通じ、その付加価値を表現できないか」と考えた結果だそう。標高3776mの山頂で越冬させ、熟成させています。

熟成させるのは、どちらも同じレギュラーの純米酒。「双子が生育環境でまったく違った性格に育つように、熟成させる場所により、まったく違った味わいになるんです」と清さんはこの熟成酒のおもしろさを説明します。

 

【ペアリングするなら…】

寒冷な場所で熟成させる「富士山頂越冬熟成酒」は、まるで新酒のようにフレッシュな味わい。湯豆腐などの淡白な料理、酢のものなどがぴったり。

かたや「駿河湾沖海中熟成酒」は、他にはないまろやかさがあると言います。清さんいわく、「飲んだ瞬間にデレっとなってしまうような味わい」なんだとか。清さんおすすめのペアリングは、カツオのたたき。あぶった外側のスモーキーさ、薬味の味わいを熟成酒が引き立てて、2倍、3倍にも美味しくなるそう。

日本酒の奥深さを感じさせる熟成酒のセットは、毎年200セット限定で夏頃発売されます。

 

「農」が教えてくれたこと

静岡県オリジナルの酒米「誉富士」を自社の田んぼで栽培

先代から受け継いだ米作り
富士錦酒造が酒米作りをはじめたのは、原料や製法による清酒の分類が定められた「特定名称酒」ができた1990年で、先代の時代です。先代は有機農法に力を入れていたため、清さんが1996年に酒蔵を継いだ当時も、すでに「農」に対して会社全体で前向きな雰囲気がありました。

実は、清さんは富士錦酒造を継ぐまで、都会に住み、金融系シンクタンクでシステムエンジニアとして働いていました。米作りに携わるのははじめてで、社内はもちろん近隣の農家など、いろいろな人に教えてもらいながら、米作りを学んでいきました。

携わって知った「農」の現実
今まで接点がなかった仕事だけに、ショックを受けることも多かったと言います。台風などの予期できない自然災害に対して、あくまで自分たちで備えなければならないこと。消費者や仕入れる側は米を「高い、安い」と簡単に言ってしまえるものの、農家にとっては価格の差は切実なものであること。

「僕自身は田んぼ仕事で泥にまみれるのも平気なタイプですが、そういった仕事に偏見がある人も多い」。清さんはそんなことを、身をもって感じました。同時に、人々の生活の基本となる「食」を支える農業の大切さを実感したと言います。

清さんは今、「農! といえる酒蔵」として、そういった経験を伝えたいと考えています。

「自然災害などの被害に対して、農家が手厚く保護されるような風潮、引いては体制ができればいいなと思っているんです」。

現在、田んぼは1.7ヘクタール。無農薬は人手などの問題で難しいですが、できるだけ農薬の量を減らす方針で米作りを行っています。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

自社の田んぼの向こうには、富士山がそびえる

 

農業を通じて、少子高齢化を肌で感じている清さん。「10年後だと、僕自身も棺桶の片足を突っ込むような年齢。このあたりは限界集落に近い状態になっているのではないでしょうか」。清さんはそんな危惧を抱いているからこそ、富士山麓のエリアを、子どもたちが帰ってきても受け入れる場所があるように残していきたいと考えています。

その一歩として、米作りと酒造りを通じ、小作放棄地を減らせたら。「農!と言える酒蔵」だからこそのミッションです。

 

蔵元からのメッセージ

300年以上の歴史を誇る富士錦酒造

 

清さんはお酒について、「お米の副産物であり、人を酔わすことができるもの、心の交流を促すもの」と定義づけています。「国会や議会で重大事を話し合い、喧々諤々と議論する。しかし、その後は一献傾けて、『本当のところはどうなの?』と腹を割って話を聞く。きっと歴史の中で、そんな場面がいくつもあったのではないでしょうか」。日本酒は、歴史を作ってきたともいえる飲み物。清さんはそんな日本酒造りに携われることに喜びを感じています。

清さんはグローバル化のなかで自国の文化を知る大切さにもふれます。「海外に出ると、自国の文化を知らないのは恥ずかしいこと。いまや、日本酒を知っている海外の方もたくさんいらっしゃいます。まずは飲むことで、日本酒を知っていただければ」。

日本酒を知り、日本の文化を知り、世界へ羽ばたいてほしい。清さんをはじめ富士錦酒造が造るお酒には、そんな願いも込められているのです。

 

【Info】

富士錦酒造

自然豊かな静岡県の柚野で、元禄元年に創業した酒蔵。富士山の岩盤に濾過された水と、主に静岡県産の酒米を使って酒造りを続けています。代表銘柄の「富士錦」は、“憲政の神様”と呼ばれた尾崎行雄が大正3年(1914年)に清家を訪れ、夕日に照り映える富士山を見て、「富士に錦なり」と発言したことに由来しています。

住  所|静岡県富士宮市上柚野532
アクセス|JR西富士宮駅から車で約15分
営業時間|8時~17時 (土・日・祝は休業)