天鷹酒造株式会社(栃木県)

インタビュー

天鷹酒造の代表取締役社長・尾﨑宗範さん

 

1914年に栃木県大田原市で創業した天鷹酒造。その名は、初代が天空を舞う大鷹の姿を夢に見たことからつけたのだとか。「辛口でなければ、酒ではない」との初代のこだわりを受け継いだ酒造りが特徴です。

天鷹酒造が位置するのは、那須連山のふもと。那珂川と箒川に挟まれた、北関東を代表する米どころです。「見渡す限り田んぼに囲まれているんですよ」と地元への愛をにじませるのは、代表取締役社長の尾﨑宗範さん。

天鷹酒造が目指すのは、地の利を活かした「ナチュラルな酒造り」。2005年には有機認証を取得して、有機日本酒を醸造しています。有機米を使っている酒蔵は数多くありますが、「有機日本酒」を名乗れる酒蔵は全国でわずか10蔵程度。2020年には、天鷹酒造が製造する蜂蜜酒以外の日本酒、焼酎、リキュール、食品は、イギリスのヴィーガン協会よりヴィーガン認証を取得しています。

「ナチュラルな酒造り」の一環として手がけているのが、日本ではまだ珍しい蜂蜜酒(ミード)の製造です。蜂蜜を発酵させて造るシンプルなところにほれ込み、研究を重ねて製品化。天鷹酒造が造るのは、清酒酵母と国産蜂蜜を使用した“ジャパニーズミード”。2018年には、アメリカ最大の蜂蜜酒のコンテストにおいて、日本産蜂蜜酒としては初となる3位入賞を果たしました。

 

オススメのお酒

 

純米大吟醸 天鷹心

【特長】

アルコールを添加する酒が当たり前だった1970年から、米だけの酒を醸造してきた天鷹酒造。その時代からのベストセラーであり、地元はもちろん全国にファンが多いのがこの「純米大吟醸 天鷹 心」です。麹米、掛米ともに精米歩合50%の山田錦を使い、米の旨みとコクを引き出し、吟醸香が清冽。「天鷹」を名実ともに代表する一品です。

 

【ペアリングするなら…】

しっかりとした米の旨みが感じられるものの、後味はすっきり。香りが穏やかな大吟醸酒で、白身魚や焼き魚、煮物、軽め天鷹・九尾のチーズなど軽やかなものの味を引き立てます。

 

天鷹・九尾

 

【特長】

天鷹酒造の新しいサブブランド「九尾」は、いわば“チャレンジ銘柄”。そのときどきで原料米、精米歩合、酵母、醸し方などをガラリと変え、まったく新しい味わいを提供するもの。「九尾」の名前は、美女に姿を変えて人々を魅了したという栃木・那須地区に伝わる霊獣にちなんでいます。年に5回ほど少量限定生産での生産で、一期一会を求めて心待ちにしているファンも多いのだとか。

「メインのブランドの『天鷹』は、『おじいさんの代から飲んでいるよ』という方にも楽しんでいただきたい、安定した味わいの銘柄。一方、『九尾』は日本酒に興味があって、いろいろな味わいを楽しんでみたい方に向けています」とコンセプトを解説しつつ、尾﨑さんは「何より造り手も楽しみたいんですよ」と茶目っ気たっぷりに笑います。

「九尾」がスタートしたのは、若い造り手にワクワクしながら酒造りに取り組んでもらいたいと考えたから。たとえば遠く離れた北海道の酒米「彗星」を使って酒を醸してみる、激甘の日本酒に挑戦してみるなど、毎回、初めてのことを試しています。新たなチャレンジを通じ、お客様に喜んでもらえることに加え、造り手が技術的な蓄積や日々の成長が実感できることも大きなメリット。「そのかわり失敗もしましたけれど」と、尾﨑さんはほがらかに笑います。

その取り組みの中から好評だった1本を、「【九尾】純米大吟醸 無濾過生原酒 四割八分磨」として定番化。栃木の酒米「なすひかり」100%を使った日本酒です。

 

【ペアリングするなら…】

定番となっている「【九尾】純米大吟醸 無濾過生原酒 四割八分磨」は、ほのかな甘みに加え、華やかさとコクがあり、後味はスッと切れるお酒。肉じゃが、コロッケなど、たいていの家庭料理に合わせられる懐深さを持ち合わせています。

 

「農」が教えてくれたこと

社員が世話をする天鷹オーガニックファームの田んぼ

 

安心・安全の追求が「農」の原点

天鷹酒造が「農」に深く関係するようになったのは、1989年に日本酒級別制度の廃止が決定したことがきっかけでした。それまでアルコール度数や品質で「特級」「1級」「2級」とわけられた日本酒の等級がなくなるということで、酒蔵はもちろん流通を担う酒販店も混乱していました。その変化の中で、天鷹酒蔵と地元の酒販店は「いい酒だけを造り、売っていこう」と勉強会を始めたのです。

そのなかで、業種の垣根を越えて集まった若き経営者たちは、「栃木で生まれ、栃木で育って、栃木で商売しているのだから、栃木にこだわっていこう」「そしてこの土地からいい酒を造り、売っていこう」と決意を新たにしたと言います。それを実現するためには、ご当地の魅力を多くの人に知ってもらう必要があります。そこで1996年から始まったのが、「米作り酒造りの会」でした。一般から参加者を募集し、5月に田植え、7月に草刈り、秋に稲刈りに来てもらう。収穫した米を使って酒の仕込みを参加者とともに行い、春先にはできあがった酒をみんなで酌み交わす。そんな取り組みを通じ、次第に農家との距離が近くなっていきました。

当時は尾﨑さんをはじめ主催者には幼い子どもがいる人が多く、食べ物の安全性が話題にのぼりました。会の発足当初には「有機」という言葉がまだ一般的ではなかったものの、1999年にはJAS法が改正。2001年には有機農産物の品質保証のため、国が基準を定める有機JAS制度が始まりました。尾﨑さんたちは有機農法についてあらためて勉強し、天鷹酒造は2004年に有機JAS認定を取得しました。

 

すべては有機を実現するために

有機JAS認定の基準は厳しく、そのなかのひとつに「使用が禁止されている化学肥料・農薬をその圃場で2年以上使用していないこと」があります。つまり、ふつうの農業を行っていた田んぼを有機JAS基準に適合させるためには、丸2年の転換期が必要で、作物を収穫できるのは3年後。そのタイムラグは、尾﨑さんたちの悩みの種となりました。3年後の需要予測は難しく、契約農家に田んぼを1枚増やしてもらうのは大きなリスクとなるからです。

その解決法が、「自分たちの田んぼをもつこと」でした。自前の田んぼなら、作付けすることはもちろん、「作付けをしないこと」も選べます。そうすれば、契約農家が農地を有機JAS規格に転換するまでをつないだり、需要に合わせて作付けをやめたりと、フレキシブルに対応できるようになります。つまり、天鷹酒造の「農」は有機農法ありき。2018年に設立した農地所有特定法人の名前「天鷹オーガニックファーム株式会社」からもそのことがうかがえます。

天鷹酒造は、今ではアメリカやEUの有機認証も取得。日米欧の認証を持つ、全国でも珍しい酒蔵となっています。そして、2017年の第105回全国新酒鑑評会では、有機日本酒初となる金賞を受賞。「『いい酒米を作って、酒を醸して、ニューヨークやロンドンへ売りに行こう!』。これってワクワクしますよね」。安心、安全な、最高品質の酒を栃木から世界へ。それが天鷹酒造の夢です。

 

付加価値を付けて農業を盛り上げたい

尾﨑さんの考える、酒蔵が「農」に携わることのメリットは、付加価値を付けられること。米を加工する二次産業の従事者である酒蔵が一次産業である農業に参入し、すぐれた酒米を作ることができれば、価値をプラスアルファできます。また、酒米は食用米に比べて単価が高いため、酒米作りを盛んにしていくことは、農家をバックアップすることにもつながっていきます。

そしてさらなる付加価値を与えられる方法が、有機農法です。尾﨑さんが目指しているのは、できるかぎりの“手抜きの農業”。誰でも真似できる、誰でも参入できる、誰でも儲かる農業のビジネスモデルを作ることで、皆に真似をしてもらい、酒造りも農業も盛り上げていきたいと考えているのです。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

稲穂に囲まれた環境の中での酒造り

 

今はまだ、酒造りに使う酒米の多くを、農協を通じて買い上げています。これを「天鷹オーガニックファーム」で作った米にできるだけ切り替えていくことが、今後の目標です。

理想は「四里四方、つまり酒蔵から半径16㎞圏内の米で酒を造ること」。その土地と体は一体であると説く「身土不二(しんどふじ)」の実践です。16㎞は車で約15分ですから、自分たちで管理するにも現実的な範囲内なのです。この土地で作った酒米で酒を造り、醸造の過程で出た糠や酒粕を田んぼに戻すことで、また豊かな稲穂が実る。理想は、すべてを循環させる酒造りなのです。

 

蔵元からのメッセージ

有機農法で育てられた稲穂が豊かに実る

 

尾﨑さんからのメッセージは、「まずは日本酒を飲んで、楽しんでみてください」と実にシンプル。ひとつの銘柄を飲んで「これは美味しかった!」と感じることができれば、他のお酒をすすめられますし、新鮮さを求める人には、「これは違うタイプだけど比べてみて」と提案もできるというわけです。

尾﨑さんのもとには、よく「オーガニックの酒は、味が違うんですか」と質問が寄せられます。そのたびにたとえに使うのが、野菜の例。普通に栽培されたものであっても、オーガニックであっても、トマトはトマトの、きゅうりはきゅうりの味がします。ただし、オーガニックの野菜はえぐみが少なくてまろやかで、口に入れたときの優しさが異なるのだとか。日本酒も同様に、たとえばオーガニックの大吟醸はまったりと絹のようななめらかさがあるといいます。それを伝えるためにも、「まずは飲んでほしい」と尾﨑さんは願っています。

 

【Info】

天鷹酒造

栃木県大田原市で1914年に創業。初代の「辛口でなければ酒でない」、二代目の「つるりと入って飲み飽きしない酒」という理想を受け継ぎ、現在は3代目の尾﨑宗範さんが酒造りを続けています。「美味しい・安心・楽しい」を3本柱に、自然にも人にも優しい酒造りがモットー。蔵には試飲もできる直営店があり、事前予約をすれば蔵の見学(有料)もできます。

住  所|栃木県大田原市蛭畑2166
アクセス|JR那須塩原駅から車で約25分
営業時間|9時~17時(元旦以外は無休)