吉乃川株式会社(新潟県)

インタビュー

吉乃川の代表取締役社長・峰政祐己さん

 

戦国時代の1548年に創業し、全国有数の米どころ、酒どころである新潟県で470年の歴史を誇る蔵元が吉乃川です。「地元の人たちの晩酌の酒を作ってきた酒蔵。それがうちの基本です」と話すのは、吉乃川 代表取締役社長の峰政祐己さん。

造るお酒は辛口の中に丸みがあり、酸味が少ないいわゆる“新潟淡麗”。前菜や刺身、こってりとした主菜にも合わせやすく、飲み終わりに口の中の味わいをきれいに消すことを重視しています。つまり、食事中は飲み飽きることなく料理を引き立て、後はすっと消える。“主”たる料理を引き立てる最高のパートナーというわけです。

「新潟でなぜ、美味しい日本酒がたくさん生まれるのでしょう」と改めて尋ねてみたところ、峰政さんがまっ先に挙げたのは雪深い土地柄。吉乃川の仕込み水は、東山連峰の雪どけ水が地中を伝い、信濃川と伏流水があわさったもの。ミネラル分をほどよく含んだ軟水で、「天下甘露泉(てんかかんろせん)」と名付けられ、ペットボトルに詰めて販売もされています。酒造りに欠かせない米が育てるためにも、水は重要なファクターです。

仕込みの過程でも、この雪深さがプラスに働きます。日本酒の醸造過程では、素材を蒸したり冷やしたりと、温度の上下があります。加熱よりも温度を下げるほうが難しいものですが、雪による冷え込みが天然の冷蔵庫となって冷却をサポート。雪によって空気が一定の湿度に保たれるため、素材が乾燥しすぎることもありません。

吉乃川の敷地内には、2019年秋に酒ミュージアム「醸蔵(じょうぐら)」がオープン。大正時代に建てられた国登録有形文化財の倉庫「常倉」を使った施設です。お酒の歴史を学べる展示スペースのほか、定番酒から季節のお酒、ここでしか飲めないお酒などを取り揃えた「SAKEバー」や売店などもあります。家族連れでも楽しめる工夫を凝らしており、なかでもiPadで遊べる「酒造り体験アプリ」は子どもたちに大人気。新潟を訪れたら、一度は足を運びたい施設です。

 

オススメのお酒

 

越の虎三郎

【特長】

激変の幕末期において、戊辰戦争の舞台の一つにもなった長岡。戦後、荒廃した長岡の真の復興は未来を作ることだと主張し、支援された米を学校建設の資金にあてた小林虎三郎という人物がいました。近代教育の基礎を築いた「米百俵の精神」に想いを馳せ、あえて飯米の新潟県産「魚沼コシヒカリ」を100%使用した純米酒です。ほどよい酸味とコシヒカリの旨味が楽しめます。

 

【ペアリングするなら…】

地元魚沼コシヒカリならではの米の旨みや甘みは、脂分やコクのあるお料理も受け止めてくれます。特に、甘みの中にピリッとした辛みが特徴の神楽南蛮味噌をはさんだ新潟名産の栃尾の油揚げとの相性が良いです。

 

極上吉乃川 鷲頭

 

【特長】

新潟県産契約栽培米の越淡麗を100%使用。爽やかな吟醸香とやわらかな口当たりですっきりとした淡麗タイプのお酒です。「極上吉乃川」は、元杜氏・鷲頭昇一が、長年の酒造業界への貢献から1983年に黄綬褒章を受章し記念して誕生したシリーズです。この「鷲頭」はそんな杜氏の名を冠したお酒となります。

 

【ペアリングするなら…】

白身魚の刺身、天ぷら、魚介類のカルパッチョなどフルーティーな香りで、軽快で爽やかな味わいが特徴のため、素材を活かしたあっさりした味付けのものと相性がいいです。

 

「農」が教えてくれたこと

秋になり、豊かに実った稲穂]

 

自分たちで作った米で、賞を獲りたい!

 

もともと吉乃川では、酒の原料となる米にはすべて新潟県産を使用していました。そこから一歩進み、2000年代初頭に「自分たちで作った米で、全国新種鑑評会で賞を取りたい!と機運が高まったと言います。そこで、冬は吉乃川で酒造りに携わり、夏は稲作をしている“蔵人”たちが作る「蔵人栽培米」を使った酒造りが始まりました。自分たちが作った新潟発の米で、よりよい酒を造りたい。そんな情熱を感じるエピソードです。

しかし、そこに立ちはだかったのが少子高齢化問題です。高齢化により蔵人が減り、次の担い手がいないケースも増加。当然、“蔵人栽培米”の持続も危ぶまれました。そこで峰政さんたちは、2016年に会社として農業を始めることを決意します。「今までは蔵人さんたちにやっていただいていたことを、私たちも一緒にやろう。それが農産部の始まりでした」と、峰政さんは当時を振り返ります。「農」のスタートは、特別純米や純米吟醸に使っている酒米を安定供給させるためでした。

吉乃川の「農」の特徴は、合計28ヘクタールある田んぼの半分で酒米を作付し、半分は飯米、つまりふつうに食べるお米を育てていること。品種によって田植えや稲刈りの時期がまちまちで、同じ気候でも生育状況も変わってきます。猛暑になった、雨が多いなど、その年の気候はさまざまですが、品種が違えばすべてが不作になる可能性を減らせるのです。

「農」を始めたのは前社長でした。峰政さんはその志を受け継ぎつつ、さらなるチャレンジを考えています。それは、新しい品種を栽培すること。今、温暖化により稲作に適した気候を持つ土地は北上を続けています。現在は兵庫で栽培されることが多い酒米・山田錦の好適地も、北上してくるのではないかと峰政さんは予測。それを見越して、3年前からは山田錦のテスト栽培を始めています。ただし、それはあくまで実験的な試み。上手くいくかどうかわからないことを、契約農家にお願いするわけにはいきません。法人として農業をやっている吉乃川だからこそ取り組めるミッションなのです。

栽培品種を増やす目的は、変化し続けるマーケットに適応するためでもあります。「現在、日本酒の全体的な消費量が落ち込み、好みが多様化しています。一種類の酒米から一種類の酒を大量に仕込む方法では生き残っていけません。それなら、少しずついろいろな種類の酒米を育て、多種多様なお酒を売れる量だけ生産したほうがいい」と峰政さん。未来にも新潟が米どころであり続けるために、この土地で米が消費されるようにしていきたい。これから先も地域とともに歩むために、吉乃川の挑戦は続きます。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

築約100年の倉庫を利用した酒ミュージアム「醸倉」

 

峰政さんによると、吉乃川は「手造りで酒を仕込みつつ、その規模を最大限に大きくしていった蔵」。全国的に見ても規模の大きな酒蔵で、1シーズンの仕込み数は70ほどありますが、そのうち10は必ず手造りをキープしています。多くの酒をできるだけたくさんの人に届けつつ、小さな蔵のように手造りの仕込みも行う“二刀流”が強みなのです。

それを踏まえての今後のビジョンは、「求心力と遠心力、両方を大切にすること」と峰政さんは語ります。「求心力」とは、日本酒ファンにさらに好きになってもらう取り組みです。ただ、それだけに特化すると、今度は間口が狭くなってしまいがち。そこで「遠心力」、つまり日本酒にまだあまり関心がない層への訴求が必要になってくるのです。

課題になるのが、若い人にどうやって日本酒を手に取ってもらうか。そのために大切なことは、きちんと美味しい日本酒をスーパーやコンビニで手軽に手に取ってもらえるようにすることと、峰政さんは考えています。新潟を大事にしながら、より多くの人に晩酌酒として吉乃川のお酒を広めていく。それが蔵元の使命のひとつなのです。

今、吉乃川の日本酒は、海外の人からも愛されています。遠心力と求心力で、世代、国境を越えて“新潟淡麗”を届けていく。それが吉乃川のネクストビジョンです。

 

蔵元からのメッセージ

伝統を守りつつ、新たなチャレンジを続ける吉乃川

 

日本酒は、「日本」と国名がついたお酒。だからこそ、誰がどんな想いでどう造っているかを知ってほしい。それが峰政さんの願いです。また、日本酒に対し、海外からの関心の高まりを感じるそう。

「『これが自分たちの国のお酒です!』と胸を張れるようなお酒を提供していくので、まずは飲んでみてください!」

 

【Info】

吉乃川

2019年10月にオープンした「吉乃川 酒ミュージアム『醸蔵(じょうぐら)』」では、吉乃川の定番のお酒やここだけで飲める特別なお酒も味わえる「SAKEバー」や、醸蔵限定販売のお酒も扱う「売店」のほか、映像やデジタル技術も用いて酒造りや歴史について紹介する「展示スペース」など、さまざまな角度から日本酒を楽しむことができます。

住  所|新潟県長岡市摂田屋4-8-12(吉乃川敷地内)
アクセス|JR長岡駅より車で15分、JR宮内駅より徒歩で10分
営業時間|9時30分〜16時30分(SAKEバーのL.Oは16時まで、火曜日・年末年始は休業、ただし、火曜が祝日の場合は翌水曜休み)