合名会社森喜酒造場(三重県)

インタビュー

森喜酒造場の社長・森喜英樹さん

 

“忍者の里”として知られる三重県伊賀市で、明治時代に創業した森喜酒造場。伊賀は盆地のため昼夜の寒暖差が激しく、冬場、時にはマイナス5度になるほど冷え込みます。「昼夜の寒暖差は米作りに、冬場の寒さは酒造りに大切なもの」と語るのは、森喜酒造場社長の森喜英樹さん。1989年、森喜さんは妻のるみ子さんと一緒にこの酒蔵を先代から引き継ぎ、それ以来酒造りと向き合い続けてきました。

“昔ながらの手作業で、丁寧に”

それが、米と麹、水で仕上げる純米酒のみをひたすら造り続ける森喜酒造のモットーです。

例えば麹造りは、小箱に米を小分けにし、約4時間ごとに積み替えることで均一に麹菌を繁殖させる「蓋麹法」を採用。手間暇がかかりますが、質のよい麹菌を造るためには欠かせないのだとか。

米を蒸し上げる「蒸し」にも、昔ながらの和釜とバーナーを使う徹底ぶり。

さらに米を甑(こしき)に張る過程では、むらなく蒸しあげることのできる「抜掛け法(ぬけがけほう)」で行います。もちろんこれも、一度に米を張るよりも何倍も手間ひまがかかることは言うまでもありません。

 

このようにして、1年間に300石、一升瓶にして3万本ほどの少量生産で造り上げられたお酒は、キリッとした味わいの辛口に。冷でも燗でも料理とともに楽しめる日本酒を目指し、酒造りを行っています。

 

オススメのお酒

 

特別純米酒 るみ子の酒 9号酵母

【特長】

森喜酒造の代表銘柄、専務のるみ子さんの名前を冠した「るみ子の酒」の中の一本。この銘柄の誕生に深く関わりがあるのが、尾瀬あきらさんによる漫画『夏子の酒』。兄の急死で突如として酒蔵を継ぐことになった女性の奮闘を描いた内容です。自身も父の急病により酒蔵を継ぐことになったるみ子さんはこの漫画の内容に共感し、尾瀬さんに手紙を書きました。尾瀬さんと交流する中で、純米酒造りを決意したるみ子さん。るみ子さんが試行錯誤の末に完成させたお酒に、尾瀬さんが「るみ子の酒」と命名し、ラベルも描きおろしています。

 

「特別純米酒 るみ子の酒 9号酵母」はその名の通り、日本醸造協会が頒布しており、吟醸酒造りに用いられることが多い「協会9号酵母」を使っています。「すっきりとしたきれいめの味わいで、吟醸感もあるお酒です」と森喜さん。飲み手の気分に合わせ、冷やでも燗でも楽します。

 

【ペアリングするとしたら…】

ほどよい吟醸香と相性がよいのが、焼き魚やかつおなどの赤身系の刺身。ぜひ秋の味覚と一緒にいただいてみてはいかが?

 

妙の華チャレンジ 90 純米酒 きもと無濾過生原酒

【特長】

自社の田んぼで無農薬栽培した山田錦を100%使い、麹米も掛米も精米歩合90%。

蔵内に自然発生した乳酸菌を酒母造りに使う「生酛(きもと)造り」で醸し、もろみを入れる器から流れ出たお酒をそのまま瓶詰した“無濾過、無加水”が特徴です。

コンセプトは、「人工的に造った乳酸菌などがない大正時代の酒造り」。その時代の造り方を自分たちなりの進化させていく過程が面白いのだと、森喜さんは話します。その分、今のように出荷できる形に仕上がるまでは苦労があったそう。

とくに苦労したのは、洗った米に吸水させる浸漬の行程。「精米歩合が90%だとなかなか水が入らず、結果的にお酒が薄くなってしまいます。これを乗り越えるためにはずいぶん試行錯誤しました」。試行錯誤の末に誕生したこだわりのお酒は、一飲の価値ありです。

 

【ペアリングするとしたら…】

酸味があり、骨太な味わいの「妙の華チャレンジ 90」は、海外のお客様にも好評なのだとか。洋食全般にマッチし、肉料理などこってりしたものから、香りが強いブルーチーズなどにもよく合います。「白ワインに近いものがある」ことから、違和感なく異国料理にも合わせることができるそうです。

 

「農」が教えてくれたこと

 

稲の力を引き出す無農薬栽培

無農薬栽培で力強く実った山田錦

 

森喜酒造場が農業を始めたのは、1994年ごろ。以来、無農薬栽培で米を作り続けています。除草剤や殺虫剤を使わないことで、稲が虫や雑草から身を守ろうとするため、自然と強い米が実ると言います。また、与える肥料は酒かすのみ。稲本来の生命力を引き出すことで、低たんぱくで、玄米の多くの部分を削る高精白にも耐える酒米が育つのです。

 

農業を始めたきっかけは、日本酒造りに欠かせない酒米作りは人に任せず、自分たちでやりたいと感じたこと。そのベースには、「無農薬で米を作ったら、それがお酒の味にどう反映されるのか」という酒蔵ならではの好奇心がありました。

「米の栽培は、最初は美山錦から始めました。ただ、美山錦は寒冷地の栽培に適した酒米で、あまりこの土地には合いません。きれい目の味わいのお酒を造るのに向いているため、それもうちの酒蔵の酒とは違うところでした」と、森喜さんは当時を振り返ります。

2、3年の試行錯誤ののち、農業の先輩からのアドバイスをもとに、栽培品種を山田錦に切り替えました。方向転換が功を奏し、最初1反(300坪)程度からはじめた田んぼは、今や1町(3000坪)あまりに拡大したそうです。こうして作られた米は、「英(はなぶさ)」シリーズや、今回の記事で紹介した「妙の華チャレンジ 90」などの銘柄に原料として使われています。

 

酒蔵としての使命感で「農」に取り組む

 

「無農薬栽培は、雑草との戦い」と森喜さんはその苦労を語ります。田んぼをしっかりとケアしつつ、その労力をできるだけ少なくできるよう、日々知恵を絞っているのだそう。「無農薬栽培で雑草を放置する方法を取る人もいますが、そのやり方だと耕作面積を増やしていくのは難しいんです」。農業をはじめて30年近くがたちましたが、「必ずしも、その米の味を酒に反映できるとは限りません」と森喜さん。米作りから酒造りまでを一貫して行う酒蔵で構成された「農!と言える酒蔵の会」のメンバーと情報交換をしながら、工夫を重ねる日々。米作り、酒造り、どちらもおろそかにしない。それが、日本酒を造っている酒蔵の使命なのではないか。そして最後には、飲み手に喜んでもらえる酒を造りたい。そんな想いを大切に、酒米作りに取り組み続けています。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

昔ながらの手法で、手間暇をかけて行う仕込み

 

「農業は、無農薬栽培にこだわる今の形のまま広げていきたい。が、自分たちだけの力で広げていくのは難しい」と、森喜さんは感じています。機械化を進めてはいますが、どうしても人海戦術に頼る部分が大きいためです。そのために必要なのは、自分たちの取り組みを理解してくれる農業従事者を増やすこと。

自分たちのスタイルを守りながら、少しずつ田んぼを増やしています。

 

酒蔵からのメッセージ

森喜酒造場で造っているのは、どんな温度帯でもいろいろな料理と楽しめる食中酒。だからこそ自由に楽しんでほしいと、森喜さんは言います。そして、酒蔵としての大きな課題は、しっかりと次世代にバトンを受け渡すこと。「蔵自体が老朽化して、いろいろと問題が生じています。近々、持続的に酒造りができる環境を整えるため、クラウドファンディングで修復費用を募る予定です。もしよろしければご参加ください」(森喜さん)。

 

【Info】

森喜酒造場

1897年に三重県伊賀市で創業。創業当時以来の銘柄「妙の華」は、創業者が住職に井戸を掘りあててもらったことから、妙法蓮華経から「妙」の一文字をいただいたもの。尾瀨あきらさんの漫画「夏子の酒」との縁が深い「るみ子の酒」ほか、最近では、杜氏の豊本理恵さんの名前を冠した「RIE STYLE」という新しい銘柄も発売。

住  所|三重県伊賀市千歳41-2
アクセス|JR佐那具駅から徒歩約15分
営業時間|9時〜12時、14時〜18時(日曜ほか、年末年始12/30~1/5頃、お盆期間8/13~18頃は休業)