千代酒造株式会社(奈良県)

インタビュー

千代酒造代表の堺哲也さん

 

千代酒造があるのは奈良県御所市櫛羅。自社の井戸から汲み上げる大和葛城山の伏流水を使い、櫛羅の風土を生かした酒造りをしています。看板ブランドの「櫛羅(くじら)」は自家栽培した山田錦だけを使ったお酒。文字通り自然豊かな櫛羅の恵みを詰め込んだ、蔵を代表するお酒です。

蔵元の堺哲也さんが目指すのは「美味しすぎない美味しいお酒」。日本酒はワインに比べて一口だけ飲んだときの印象と、たくさん量を飲んだときの印象のギャップが大きい。テイスティング(官能評価)で高評価なものは、意外と途中で飽きてしまい量が飲めなかったりすることも少なくありません。一方、千代酒造のお酒は「美味しすぎない美味しいお酒」。たくさん飲んでもさらに飲みたくなる絶妙なバランスに仕上げられていることが特徴です。

千代酒造の「美味しすぎない美味しいお酒」を「美味しすぎるお酒」に変える要素は、合わせる料理や器、気の置けない仲間との語らい……、そして酒を寝かせる時間。近年は熟成させることで、より美味しくなる酒造りにも取り組んでいます。

 

オススメのお酒

櫛羅の地で自家栽培した山田錦だけを使ったブランド、その名も「櫛羅」から2つのお酒をご紹介します。「櫛羅」のラベルは近所の酒屋さんが紹介してくれた山内さんという画伯と、山内さんが絵や文字を教えていた障碍者支援施設の生徒たちによるもの。「このラベルに負けないお酒が出来ているかな」という堺さんの小さなつぶやきからは、櫛羅の地と酒造りへの熱い想いが伝わってきます。

 

櫛羅 純米 無濾過生原酒

【特長】

精米歩合60%の純米酒。純米吟醸といえるスペックですが、すでに50%精米の純米吟醸酒を発売していたため、純米酒として販売しています。

櫛羅産山田錦ならではの味わいが際立つよう、酵母はオーソドックスに協会9号を使用。

味は関西の出汁文化に合うよう、綺麗な酸味とキレの良い辛口に仕上げられています。

 

【ペアリングするなら……】

「櫛羅」の綺麗な酸味は出汁との相性が抜群。出汁の旨味がしっかり味わえるおでんや煮物などと一緒にお楽しみいただけます。

 

櫛羅 純米大吟醸 生酛仕込み 一火原酒

【特長】

これまで速醸仕込みで酒造りをしてきた千代酒造では、今年初めて生酛仕込みの純米大吟醸酒に挑戦。10月発売予定の新作です。

5年先まで熟成して飲むことを想定しているため、2本買って、現在の味と5年後の味、両方楽しむのも一興。

熟成条件によって味が変わるため、うまくいけば値段以上におトクな体験ができるかも? 失敗したとしてもそれはそれ。これこそが「熟成の浪漫!」と堺さんは言います。

 

【ペアリングするなら……】

5年後に飲むことを想定していますが、新酒もフレッシュで美味。出汁に合うしっかりとした酸味は櫛羅ブランドのすべてのお酒に共通する特長です。

サンマの塩焼きや松茸の土瓶蒸しなど、秋の味覚とともに堪能してもらえたら。

 

「農」が教えてくれたこと

 

酒米づくりを始めたきっかけ

収穫前の自社田と堺哲也さん

 

堺さんが結婚を機に妻の家業である千代酒造に入ったのは1996年のこと。酒米づくりを始めたのもその頃から。もともと千代酒造には田んぼが80 a(アール)ほどあり、大勢の住み込みの蔵人たちが食べるための米をつくっていました。かつて蔵人の多くは農閑期の出稼ぎ労働者でしたが、これがちょうど年間雇用の社員に切り替わるタイミングとなりました。夏の酒蔵は仕事がないため、社員たちに酒米づくりをしてもらおうと考えついたのです。

これは、また堺さん自身の前職の経験が大きく影響しているのだそう。堺さんは、千代酒造に入る前は山梨のワインメーカーでワイン造りに従事していました。ワインには「テロワール」という考え方があり、ブドウが育つ土地の気候や土壌、地形がワインに固有の性質を与えるとされ、ブドウの栽培とワインづくりは密接に関係しています。堺さんが酒米づくりに興味を持つようになるのは、ごく自然なことだったのでしょう。

酒米づくりを始めて今年で26年。「やっとスタート地点かな」と堺さん。少しずつ生産量を増やしながら全体の25%を賄えるようになったといいます。

 

米作りで気づいた日本酒のテロワール

 

「農業は醸造に生かされ、醸造も農業にフィードバックされます」と堺さん。お米はブドウと違ってその良し悪しが見た目ではわかりにくく、お酒にして初めてわかることが多いそう。しかし、米作りしているからこそ気付いたこともたくさんあるのだとか。

 

例えば、醸造するときに米粒一粒一粒を大切に扱うことが大事だということ、

例えば、米の個性を生かすためにはあまり磨かない方がよいということ、

例えば、熟成した方が米の良さが発揮されるということ……。

 

自分の手で育てた米を使い、自分の手で酒造りしてきたからこそたどり着いた極意です。

堺さんが千代酒造に入った頃は酒造りの技術もまだまだ改良の余地が多く、酒が美味しくなる要素がたくさんあったそう。しかし、技術が行き着くところまで行き着き、さらなる進歩があまり期待できない今、より美味しいお酒を造るには、これまでとは違う価値観が必要です。その一つの答えとして堺さんが導き出した価値観が、お米の個性をどう活かすかということ。

「お米を自分で作ってきたからこそ生まれた価値観だと思います。日本酒の味に占めるウェイトはワインほど大きくありませんが、ゼロではない。テロワールというほどではないけれど、いいお米が美味しいお酒につながると思っています」。

 

人知を超えた、浪漫のあるお酒

 

自家栽培した米を活かすため、千代酒造が今力をいれているのが「熟成」です。出来立てが美味しいお酒は比較的簡単に造れますが、熟成して美味しいお酒を造るには、米や水、技術や酵母など酒蔵の総合力が試されるのだとか。

「5年後、10年後を想像しながら造るのは至難の業。人間がお世話をしていても、微生物の力で醸されているのがお酒です。結局最後はできてしまったもの……、自然が生み出す産物なんです。そういった人間がコントロールできないところがお酒の浪漫。酒造りの面白いところです。生活必需品ではないものだからこそ、浪漫と遊びのあるお酒を造っていきたいと思います」。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

こうべを垂れ、収穫を目前に控える稲たち

 

「『美味しすぎないお酒』といいつつも美味しいお酒を目指し、農業と熟成をさらに突き詰め、進化・成長し続けていきます」と堺さん。

酒米の生産量も増やしていくのかと尋ねてみると、意外や「飲み手の方がそれに価値を見出してくださるのなら……」という答え。理想は100%自家栽培の米を使いたいところだけれども、米作りは生産コストが高い。10年先を見据えたとき、手放しでYESとは言いにくいのでしょう。しかも米はブドウと違って輸送できるため、自作米でつくるお酒の価値は理解されにくい難点も。日本酒の未来は回りまわって飲み手にもかかっているということでしょう。

 

蔵元からのメッセージ

お酒は究極の嗜好品で「酔う」からいいと思います。泥酔は良くありませんが、酔うと心が和らいでコミュニケーションが滑かになり、人と人との「縁」を育んでくれたりします。

そんな素晴らしい「酔う」ものを造る者として、責任を感じながら酒造りしています。世の中には安く酔えるお酒もたくさんありますが、お酒は生活や心を豊かにするものであってほしいし、そういうものをお届けしているつもりです。

日本酒はまだまだ美味しくなります。ぜひお好みのお酒を見つけて、お酒の進化を一緒に体感してください。

 

【Info】

酒蔵 櫛羅

大阪なんばの路地の一角に、千代酒造直営の立ち飲み屋「酒蔵 櫛羅」があります。「櫛羅」ブランドのほか2000年に発売開始した「篠峯」ブランドもラインナップ。合わせて数10種類に及ぶ千代酒蔵のお酒がほぼ全て揃っているので、飲み比べもおすすめ。お酒に合う料理とともにお楽しみあれ。

住  所|大阪府大阪市中央区難波千日前14-18 千日地蔵尊通り横丁
アクセス|地下鉄御堂筋線・南海なんば駅より徒歩4分
営業時間|平日 16時〜24時、土日祝 13時〜24時(ほぼ無休)