元坂酒造株式会社(三重県)

インタビュー

元坂酒造7代目ご当主の元坂新平さん

 

元坂酒造の歴史は江戸時代末期の1805年(文化2年)に、現在の三重県多気郡大台町柳原でスタートしました。三重県南部にある大台ヶ原高原は日本有数の多雨地帯で、降り注いだ雨は宮川と呼ばれる清流となって伊勢湾に流れます。酒蔵のある大台町は、町全体がこの宮川の流域にあたり、両岸には階段状の地形を生かした棚田や茶畑が広がる農業の町。大台町のなかでも特に柳原地区は伊勢神宮の神領地として1000年もの昔から米や作物の奉納を行ってきたという記録があるほどの稲作の適地。元坂酒造はそんな大台町の豊かな水と米を生かして、代々酒造りを行っています。

現在、中心となって酒造りを行っているのは7代目の元坂新平さん。先代が生み出した代表銘柄「酒屋八兵衛」を愛飲する人々に配慮しつつ、より美味しいお酒へと改良を重ねています。また伊勢神宮ゆかりの地で生まれ育ち、東京でDJをしていたというユニークな経歴を持つ元坂さんならではの独自の感性を生かした銘柄「KINO(帰農)」もプロデュース。酒造りにとどまらず、日本の稲作や、その土台となる大地や神々に対する熱い想いを持って、日本の農業の未来を見つめています。

 

オススメのお酒

元坂酒造酒造ではこれまで山廃仕込みで酒造りを行ってきましたが、昨年より生酛づくりで仕込むようになったそう。違いは山卸(やまおろし)という作業をするかしないか。山卸は木桶の中に水と米と麹を入れてすり潰す重労働。この作業を廃したものが文字どおり「山廃」といいます。

「バラバラに存在していた水と米と麹を一晩中かけてすり潰すうちに酒に変わっていくと、とても神聖な気持ちになって感動を覚えます。人間も自然の一部で、自然と人間が一体になったように感じる瞬間です。味のためというよりは、精神的に重要な作業だと感じています。ちょっとスピってるんですけどね」と元坂さんは照れ臭そう。元坂さんの酒造りはまるで神事。じっくりと味わいながら大切に飲みたい“聖なる酒”です。

 

酒屋八兵衛 純米酒

【特長】

味のコンセプトは先代から変わらず「飲み飽きしない、飲み疲れない、日常の晩酌酒」。しかしアプローチの仕方は異なります。先代は伝統のやり方を維持し守ることを大切にしていたのに対して、元坂さんは毎年課題をみつけてアップデートしているそう。

「現状維持は衰退。父のブランドなので従来のお客さんには変わっちゃったねと言われることもあるけど、変わらない方がおかしいでしょって思うんです」

かつての味を知っている人も、初めて飲む人も、毎年少しずつ変わっていく「酒屋八兵衛味」の味を追いかけてみてはいかが?

 

【ペアリングするなら……】

旨いけど軽い口当たりで、「味の濃淡の幅」が少ない家庭料理と相性抜群。「味の濃淡の幅」が広い外食には「酒屋八兵衛 純米吟醸酒」が合うそうです。

 

KINO(帰農)

【特長】

「KINO」は「酒屋八兵衛」では表現できないことを実現するために元坂さんが一昨年立ち上げたブランド。先代が復活させた三重県在来の酒米「伊勢錦」だけを使っています。

目指したのは「原料の素材感を大切に、人為的なエフェクトを加えない無垢な酒造り」。日本酒には味のトレンドがあり、メーカーは一斉にそこを目指しがち。そういった思惑(エフェクト)を一切入れず「他の人には真似できない味わいを造っていきたい。日本酒は嗜好品なんだから、他と違う個性が選ばれる理由になるべき」と元坂さん。「KINO」だけが持つ唯一無二の味をご賞味あれ。

 

【ペアリングするなら……】

「酒屋八兵衛 純米酒」よりもさらに無垢な味わい。かすかにハーブのような香りと鮮やかさがあるので、素材の味わいが強い食材がぴったり。過酷な環境で育った露地野菜や牡蠣やあわび……。プロの料理人がつくる素材の味を活かした料理と合わせてほしい。

 

「農」が教えてくれたこと

 

米作りを始めたきっかけ

元坂酒造が米作りを始めたのは1990年から。1000年も前から伊勢神宮の神領地として奉納米を作ってきた歴史を鑑み、この地の稲作と酒造りを守ることが文化の継承に繋がると考えてのことです。

今、農村では少子高齢化が進み離農する人が多く、休耕田にはソーラーパネルが乱立しています。そんな状態を少しでも改善し、農地を保護しようと、離農者の田んぼを引き受け、米作りを行っています。

栽培しているのは先代が復活させた伊勢の土着品種である「伊勢錦」。作付面積は柳原地区の約8割、4ヘクタール(2021年現在)にのぼります。

柳原地区に構える自社田

 

元坂さんは2019年から一部の田んぼで無農薬、無施肥の自然栽培を始めました。そして気づいたのは「自然の前では人間は圧倒的に無力」であるということ。そして「植物は自由である」ということ。

「稲穂は動けないけど太陽を浴びて、雨を受けて、自由に養分を吸い上げて自分の中に次の種を宿します。そんな稲穂のように、何も求めず『主体性の無い自由』を存分に楽しみながら、ただひたすら自然と向き合っています。そうやってできる米は奇跡。その米を酒に変える作業は、自然の営みの一部であることを実感できる究極の仕事です。晩秋に刈り取った黄金の米を手に、酒造りの冬を迎えられることを幸せに感じています」

 

米作りがあるから酒造りがある

酒蔵が米を作るのは酒を造るためと思いきや、「米作りがあるから酒造りがある」と元坂さん。田んぼに入って仕事をしていると、古来、日本人が稲作を中心に国造りを行ってきたという事実が、理屈ではなく腑に落ちるのだとか。

「農業がなくなれば、酒造りもなくなる。酒蔵が行うべきは単なる農作業ではなく、農産業の保護と価値向上です。自社で酒米をつくることは、周辺の農家の仕事を奪い、農産業の規模を縮小させるというパラドックスをはらんでいます。だから僕は倍の金額でも買ってもらえる酒をつくって、農家に還元したい。農業を志す若者を支援できる酒蔵でもありたい。そうすれば自分で農業をする必要もなり酒造りに専念できますから」。

 

10年先の未来へ ~ネクストビジョン~

日本の原風景を織りなす、茅葺屋根の古民家と稲田

 

元坂さんの夢は「農村に日本の原風景を取り戻す」こと。それは「地球の水の循環を妨げない」社会。

地球上の水の量はほぼ一定といわれ、雲ができて雨が降り、山に降り注いで地中にしみ込み、川となって海に注がれ、太陽に照らされてまた雲となり……という循環を繰り返しています。元坂さんは「自分の事業でこの永遠のサイクルにノイズになることは少しでも減らしたい」と、農薬や化学肥料を使わずに米作りを行い、米を蒸すための燃料は重油ではなく薪を使用しています。

「薪を使うことで山は健康になり、山が豊かになることで川の水はきれいになり、田んぼに注がれる。そんな農村コミュニティの中心として、酒蔵は村の外で酒を売って農家に還元する。農村が元気になれば人の流入も増えて、暮らす人はそこだけで生活できるようになるはず。次の世代に蔵を渡す頃にはもっと豊かな環境で酒造りできるんじゃないかな。こんなこと言いながら燃費の悪い車に乗ってたりするんですけどね」と笑う姿が印象的でした。

 

7代目蔵元からのメッセージ

「日本酒を飲むとき、本当に舌で味わっていますか? 生酛だとか大吟醸だとか、精米歩合はどうだとか、情報をもとに先入観で味を判断されてしまうことが多いように感じています。これは本当にもったいないこと。実際に飲んでみて、自分の舌で良し悪しを判断してほしい。もっと自由に酒を造りたいし、お客さんにはもっと自由にお酒を楽しんでほしい。そういう関係でいられたら嬉しいです」。

 

【Info】

元坂酒造

今年の新酒は11月23日の新嘗祭に合わせて発売予定です!気になる方は公式HPの「販売店」をチェック。

住  所|三重県多気郡大台町柳原346-2
アクセス|近鉄特急伊勢市駅からタクシーで約40分
営業時間|平日 9時〜17時(土日 定休日)