北秋田の自然とともに逞しく暮らす人々の姿に迫った初回、そして熊の出没をきっかけに浮かび上がった都市と自然の狭間で、辺境を編みながら生きる人々を追った第2回。これまで二度にわたり取材を続けてきた『SEEKING KITA – AKITA|ニューマタギイズム』では、北秋田市の魅力とともに、都市生活者にとっても“自然との乖離を決して他人事として片付けることのできない”という危機感を投げかけてきた。
第3回目となる今回、田植えが佳境を迎えた5月半ばの現地へと赴き、最初にお話を伺ったのは、スマート農業の第一人者として稲作に最新技術を融合させることで農業に新たな光を投影する、「みそらファーム」の若松一幸さん。なぜいま、農業のスマート化が必要なのか。都市で形骸化しがちな「農」の価値を見つめ直すため、私たちは再び「ニューマタギイズム」へと目を向けた。
「SEEKING KITA – AKITA」は文字通り、北秋田に自然と結びついた理想の暮らしを探し求めた。
日時:2026年7月4日(土)、5日(日) 10:00〜16:00
会場:国際連合大学・前庭(〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-70)
参加事業者:みんなの畑/近藤農場/みそらファーム/農事組合法人ぬかさわ/上杉組/北秋田市 世界遺産係/秋田八丈 はまなす工房
田植えシーズンの北秋田市を再び訪れ、今期はファーマーズマーケットでも田んぼでお米を育てるプロジェクトが始動。都心から赴き、田植えをすることで、食に対する心構えも変わるだろう、と長靴と手袋を手に挑んだ田植えは、拍子抜けするほどあっという間に終了してしまった。
と言うのも、GPS制御された田植機の上では、ほぼほぼオートマチック且つシームレスに田植え作業が進んでいったからだ。最後の数メートルだけ直に手植えはしてみたものの、思うように足が動かず、しどろもどろ。
洋服についた泥を落とし、第一線でスマート農業を実践する若松さんの元へと向かった。

スマート農業の第一人者である、みそらファームの若松一幸さん。
なぜいま、スマート農業なのか。
若松さんは以前からスマート農業に携わってきたということですが、どのようなことがきっかけだったのでしょうか?
農家になる以前は秋田県の県職員をやっていまして、農業改良普及員(現在の正式名称は、普及指導員)として、8年間ほど農家さんたちの指導に努めていました。そのあとは農業試験場で研究員をやっていたのですが、39歳のときに脱サラを経験しまして、たまたま親が農業をやっていたので、その圃場を引き継ぐかたちでみそらファームを立ち上げました。もう10年以上前の話になりますね。
当時はまだ、「スマート農業」なんていう言葉自体ありませんでしたし、システム管理アプリもない。当然、いまのコンバインのように収穫した圃場のタンパク量や水分量、収量目安などがパソコン画面に出てくるわけでもありません。ただ、農業試験場でも同じような研究をしていたことで免疫がついていたのか、KUBOTAがちょうどそうした新システムをローンチしたタイミングで、すぐに自身の農業にも導入することができました。
農機とソフトがまだ一体化していないことがほとんどだった導入当初でしたが、KUBOTAのシステムは既にパソコンから農機に指示を出せる技術を有していました。これには驚きましたよ。つまり、事前に数値を入力しておくだけで、オペレーターが何もしなくても自動で肥料の量を圃場ごとに調整することができたんです。
最初はパソコン上で設定する項目の多さに疲弊することもありましたが、冬の間に設定しておけば、慌ただしい田植えシーズンでもミスすることなく管理できますし、秋になれば、先ほどのコンバインの収穫データを基に来年の数値を弾き出せるというわけです。

ところで、若松さんは現在どれくらいの規模でお米を作られているのでしょうか?
全体で約80ヘクタールほどの農地を管理しながら、お米を中心に作物を育てています。圃場の作業要員としては4人ほどいまして、年間で約500トンのお米を日々出荷しています。出荷先は、北秋田市の施設や飲食店などの卸先を中心に、ふるさと納税の返礼品や一部、東京へも大型トラック2台分ほどは販売していますね。長年手をつけていない田んぼではすぐにお米をつくれないので、そういう土地では大豆と蕎麦を交互に育てたりしています。
以前は、「スマート農業」という言葉すらなかったと仰っていましたが、遊休農地や耕作放棄地が増えてきた背景から日本でも定着するようになったのかもしれません。
そうした背景と重なる部分はあると思いますね。地域の農業人口が減ってきたいま、オペレーターの負担を軽減したり、人手不足を解消するには先に挙げたシステムが欠かせません。田植機、トラクター、コンバインとさまざまな農機がありますが、それらにはGPS機能がついていて、極端な話、手を離していても自動で運転しながら作業してくれるんです。現在は北秋田市のほうで補正アンテナを立ててもらっているので、GPS機能の補助としてRTK(Real Time Kinematic)と呼ばれる補正情報を介して数センチ単位で動きを調整することもできるようになりました。
数センチ単位というのは、すごいですね。もはや私たちが想像していた農業ではないみたいです。
水の管理はまだまだアナログな部分もありますが、最近は自動化が進んで遠隔操作でも管理できるようになってきています。ただ、あまり進化しすぎてしまうと、田んぼを見に行かなくなってしまうので、そこは気をつけないといけませんよね。やっぱり最後は人がタッチしないといけないと思っています。

壁に掲示されているのは、スマートアグリシステムの圃場マップを出力したもの。
ちなみに、私の場合はKUBOTAのシステムを利用しているのですが、スマートアグリシステムといって、自分が管理している圃場の情報を一目瞭然に確認することができる、圃場マップというものがあるんです。例えば、赤はあきたこまち、ピンクは譲り受けた圃場、緑は作業中、青は作業完了と言ったように管理できるようになっています。
サインを見れば田植機が作業している位置情報も明確ですし、新しく入ったスタッフにも、まず最初にこのアプリをインストールしてもらっています。そうすることで、自分がどこの田んぼで何を作業すべきかすぐにわかりますし、スタッフ全員で情報共有できる点も重宝しています。
圃場は全部で80ヘクタールにもなるので、エリアが広いと確認することも増えてくる。特に山岳地帯は圃場が小さくなったりしますし、細かくなれば管理も大変になりますよね。家族の高齢化により田んぼを手放すケースも多いですし、遊休農地や耕作放棄地を増やさないようにと引き受けた農地が点在すればミスも起きやすくなる。そんな状況下でもしっかり管理できますし、結果的に雇用対策にも繋がっているんです。
人間の脳では限界がありそうですし、複雑化した圃場を管理しようとすれば地形を切り崩してひとつの大きな圃場にしてしまうかもしれない。そういう意味では、スマート農業を導入することで、地域の原風景を残すことにも繋がっていきそうです。
田んぼの脇に流れるきれいな水も、地形の変化によっては途絶えてしまうかもしれません。

この水は、山の麓にある阿仁川から、遥々この山の斜面を登るようにして流れてきているんです。江戸時代から、この場所へ水を引くためにつくられた環境なんですよ。山に入ればその水路が見られるので、ちょっと斜面を上がってみませんか。

この水路は昔からここで農業をやる人や地域の人たちとで守ってきた共有の財産なんです。お米づくりには欠かせないものですし、先人から受け継いだ環境を大切に守っているんです。でも、昨今はどうしても高齢化や都市の一極化による人手不足で、秋から冬にかけて落ちる落ち葉を取り除いたりする作業を手伝ってくれる人員が毎年減ってきてしまい、ひとり当たりの負担が増えてきてしまっている。農業をやる以前に、環境整備から人手が必要なんです。
令和の米騒動で2025年に政府が備蓄米を大放出しましたよね。メディアはそれを毎日のように取り上げて、米農家たちはある意味では注目の的になった。ただ、そのような注目のされかたをするのではなくて、もっと農業自体に興味をもってもらえるような方法を探りたいんです。なので、米価格の乱高下ではなく、スマート農業を介してスポットライトが当たったら嬉しいですよね。スマート農業は、その術になると思っているんです。
まだまだスマート農業のハードルは高いのですが、と言いますのも、やっぱりどの農機も平気で100万も200万もしてしまうんですよね。だから、個人でやるのは難しい。だけど、スマート農業が農業のイメージを刷新してくれるとも思っているんです。「最新鋭」「かっこいい」というイメージが広がれば、若い人たちにも注目してもらえるかもしれない。そうなれば、日本の農業はもっと面白くなりますよね。

近い将来、もしかしたらAIの発展によって農業の知見を蓄積したシステムが地域ごとの最適な農業を導き出してくれるようになるかもしれない。それこそ、スイッチひとつで車庫から出て圃場で作業して帰ってくるような日が。以前は、GPSなんかも毎年とり直さなくてはならなかったのですが、最近は去年のを使ってもいいとルールが緩和されてきたりもしています。スマート農業は、技術そのものの進化に注目することもそうですが、何よりも、農業に興味をもつための第一歩としてのきっかけになるということに注目しています。

みそらファーム
若松一幸|Kazuyuki Wakamatsu
Website
Photos:Hinano Kimoto
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
2026.6.24