田植えが佳境を迎えた5月半ばの現地へと赴き、最後の取材へと向かったのは、「秋田八丈」という伝統的な草木染めの絹織物をつくり続ける奈良田登志子さんの拠点、はまなす工房。お会いしたのは、江戸時代後期より続く伝統を引き継ぎ、リズミカルな音を響かせ機織りをする奈良田さんと、その技術を学ぶために地域おこし協力隊として北秋田に移住してきた藤原健太郎さん。現代の生活者に馴染む伝統工芸とその継承について話を進め、秋田八丈から伝統的なモノづくりの在り方を紐解くことで、いま改めて「ニューマタギイズム」へと目を向けていく。
「SEEKING KITA – AKITA」は文字通り、北秋田に自然と結びついた理想の暮らしを探し求めた。
日時:2026年7月4日(土)、5日(日) 10:00〜16:00
会場:国際連合大学・前庭(〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-70)
参加事業者:みんなの畑/近藤農場/みそらファーム/農事組合法人ぬかさわ/上杉組/北秋田市 世界遺産係/秋田八丈 はまなす工房

以前、「秋田八丈 はまなす工房」は秋田の山奥にあったそうだが、2023年の春に北秋田市の廃校になったこの幼稚園へと拠点を移してきたそうだ。かつて、日本中で一世を風靡した「八丈」という絹織物ブームを経て、現在は唯一現存する「秋田八丈」。そんなテキスタイルを織り上げる名工はどんな方なのか。「男性が来ると機織り機が動かなくなってしまうから」。結局、そんな会話が現実のものとなった。

秋田の伝統工芸「秋田八丈」を現存する人類で唯一織ることができる、奈良田登志子さん。
秋田八丈は絹織物ということですが、まずはその起源について教えていただけますか?
秋田八丈の起源は江戸後期まで遡るのですが、当時、農民たちが税として幕府に献上していたお米の代わりに反物を献上するようになったそうで、それがはじまりと言われています。最盛期の明治時代には、秋田県内に26件ほどの機業場(はたおりば)が存在していたそうなんですが、昭和初期になると3件に激減してしまうんです。
昭和の途中には1件まで減ってしまうのですが、その最後の1件というのが私が勤めていた滑川機業場だったんです。
つまり、現在は全国で北秋田市に1件しかないということですね。それが、この機業場。草木染めというのは、アジア一帯でも伝統的に行われてきた技術だと思いますが、秋田八丈の特徴はどのようなものになるのでしょうか。
秋田周辺の土地で採れた植物を使用した草木染めになるので、それによって染められた黒、黄、鳶色(茶)の3色が秋田八丈の特徴になります。黒色はログウッドという豆科の小低木から抽出したエキスを固め、それを砕いたものを粉末状にした顔料(ヘマチンと呼ばれる)。黄色はカリヤスやヤマツツジの若葉から、鳶色はハマナスと呼ばれる植物の根っこを削った皮を用います。
これらの植物は、現在も入手できるものなんですよね?
基本的には山などに自生しているものなので場所を知っていれば入手できます。ただ、ハマナスは年々入手困難になってきているんですよ。北秋田ではヤマツツジが自生していて、ハマナスも少しですがまだ手に入ります。先日も藤原さんと一緒にその場所を確認してきたところなんですよ。場所さえ分かれば採りにいけますからね。
黄色や鳶色は時間が経つと薄くなってしまうので、都度顔料をつくらなければなりません。ただ、黒だけは時間を置いても薄まらないので、捨てずに瓶に保存して、うなぎのタレみたいに継ぎ足しで使っています。
絹糸の産地はどちらになるのでしょうか。
これはもう昔から山形ですね。国内で養蚕している松岡姫という絹糸を使用しているのですが、これもまた生産量が減ってきていて貴重なものなんです。染めは常に一定の色にはならないので、濃く出ることも薄く出ることもあります。その時々で出た色で織っていきます。

ところで、どうして「八丈」という名前がついたのでしょうか?
これが、八丈島が由来らしいんです。江戸時代の八丈島では「黄八丈」という絹織物が特産品になっていて、それによって日本中で絹織物ブームがあったみたいなんです。それで本土のほうでも黄八丈にあやかって、産地に“八丈”とつけるようになったんだとか。米沢八丈とかも有名ですよね。
ところが、次第に全国から機業場が消えていき、最後に残ったのがこの秋田八丈だったというわけなんです。
そういうことだったんですね。ちなみに、着物は1反で1着できる認識なのですが、秋田八丈は何反ずつ織っていくものなのでしょうか?
かつては1回で5反ずつ織っていましたが、いまは4反ずつです。ちなみに、1反は約13メートルになります。

1800本の絹糸を並べて、機織り機で織り込んでいく。
1反織るのにどのくらいの時間を要するものですか?
使用する絹糸が用意できていれば多少は早くできますけど、染めたりしながらやっていると結局、1反織るのに半年近くはかかってしまいますね。
半年!? そんなに時間がかかるものなんですね。
だから、私からしたら購入されると寂しいというか。買っていくほうは喜んでくれるんですけど、せっかく織り上げたものを手離さなければいけないというのは、何とも複雑な気持ちになります。

テキスタイルにはいくつかのパターンがあるようですが、以前から存在していたんですか?
昔は全部、格子。私が秋田にいた時代もずっと格子柄なんです。どうして格子柄を入れているかと言うと、結局、天然色で染めているので、どうしても色にムラが出てしまうんですよね。なので、黄色などは面によって濃淡が出てしまう。
そのムラを補正して慣らすために黒のような濃い色を格子状に走らせて、視覚的な調和をとっているんです。
そうだったんですか。これまでは、“この柄がカッコいいから”というので洋服を選んでいましたが、テキスタイルに入ったパターンには意味があったんですね。
だから、秋田ではほとんど無地は織っていないんですよ。黒であれば単色でも大丈夫なんですけどね。

格子柄の入った秋田八丈のテキスタイル。
奈良田さんが機織りをはじめたばかりのころは、どのように技術を身につけていったのでしょうか?
当時は誰も教えてくれませんでしたよ。ましてや聞くこともできませんでしたから、自分で技術を盗みにいかなければならなかったんです。いつも掃除しながら距離を縮めて観察していました。実際に稼働させるときは半分勘のようなものでしたし、機織りに関しては見て学ぶというより、耳で聴いて学んでいったという感覚でした。
機織り機を稼働させると、音が鳴るんですよ。その音を聴いて各工程を覚えていきましたね。地域おこし協力隊で藤原さんがこの工房に来たときは驚きましたよ。だって、男性なのに機織り機を動かしていたんですから。さっきも言いましたけど、この機織り機は男性が苦手なんです。これはもう昔からそうなんですよ。
男性の身では言いにくいのですが、実際に機織り機を動かしてみてもらえないでしょうか?
じゃあ、やってみますか。

機織り機を稼働させる前に祈る、奈良田さん。
あれ、ダメですね。こんなの久しぶりというくらい動かないです……。
失礼しました。参りましたね……。
もう一度トライしてみましょうか。


良かった、動き出しました。
ほっとしました。
「また明日来て」って言うところでしたよ(笑)。
この音、何だかテクノミュージックのようですね。音で技術を習得していったという話が分かったような気がします。
せっかく機織り機が動いたので技術継承についても伺いたいのですが、藤原さんがこの工房に通うようになってから、伝統継承という意味で衝突されることもあったのではないでしょうか?
それが、逆に私が教えてもらうことがあるくらいなんですよ(笑)。センスもいいし。最近は若い方や海外の方たちがこの工房に遊びに来てくれるようになりました。そういうときには藤原さんが対応してくれるのも助かっているんです。
ほら、最近の若い人たちって私たちとは感覚が違うでしょ? 着物を着ているけど、足元はブーツみたいな着こなしって私たちには考えられないんだけど、そう言った感覚が新しい伝統になっていくのかなとも思うんです。
基本的に着付けというのは厳しいものですが、女性の着物も男性みたいに簡単に着れるようになったらいいと思うんですよね。着方が違うと声を上げるよりも、自由に来て楽しんでもらったほうがいいし、もっと気軽に着物を身につけることができたら、秋田八丈をもっと多くの方に手にとってもらえるんじゃないかと考えるようになったんです。どうあれ、箪笥に眠らせておくより全然いいじゃないですか。

これからは、そういう時代になっていくんだと思うんです。だから、着物以外にも財布やポーチ、Tシャツのワンポイントなどに秋田八丈のテキスタイルを使うようにしているんです。実はいま、海外の服飾ブランドに生地として使用してもらおうと売り出しているところなんですよ。
ただ、一方で知っている人にしか認知してもらえないという課題もあるんです。秋田八丈のことを知っている方は自らこの場所を探してくださいますし、購入もしてくれます。ですが、それはテキスタイル愛好家の方なんですよね。
だから、アート好きの方が訪れる美術館になるのではなく、もっと多くの方に秋田八丈を知ってもらえるような活動をしていかなくてはと思っているんです。
江戸時代に日本中で八丈ブームが起きたときのように、今度はこの秋田八丈を通して、伝統継承というよりも、体験としての技術継承をしていったら面白そうですね。もしかしたら、それが広義での伝統継承になるかもしれない。世界各国に自生する草木を使用して、それぞれの国の方たちが絹織物を染めていく。それが、ゆくゆくは八丈という言葉とともに秋田八丈のことも広めていってくれるような気がします。
教え方は難しいと思いますけど、そんなことができたら面白いでしょうね。もっと自由で大らかにやっていかないとですね。藤原さんのように、伝統工芸にまったく触れてこなかったような若者が必死に技術を継承してくれようと頑張ってくれているのを傍らで見ていると、私自身も奮い立たせられますし、これからも一緒にこの秋田八丈の魅力を広げていければと思っています。

秋田八丈 はまなす工房
奈良田登志子|Toshiko Narata
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Photos:Hinano Kimoto
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)