【Event Report】青山パン祭り ~ 夜の発酵祭り ~

青山パン祭り ~ 夜の発酵祭り ~

11月14日15日、日本中の名パン屋が集まる”第12回青山パン祭り”が今年も開催されました。お天気はあいにくの雨。肌寒い気候ではありましたが、国際連合大学の中庭は多くの人で賑わいました。

 

「はっこう~、発酵~♪」

パン好きのためのイベント、というイメージのパン祭りですが、それだけではないのです。あた りも暗くなった中庭、ふと奥の建物に目を向けると、穏やかな光の中、楽しい音楽と歌声が聞こえてきました。よく耳をすませば、「はっこう~、発酵~」と歌いながら、皆で円になって踊っ ています。

 


青山パン祭りの醍醐味裏イベント、アフターパーティー

パン祭りといえど、ただパンが集まって買って食べるというだけではありません。 今回は、『発酵』を仕事の生業としている人々が、それに関して語り、また『発酵』に興味を持 つ人々へ知識と経験を伝える、フォーラム形式のパーティーが開催されました。 パンと発酵にはかなり重要なつながりがあります。一度はパンを作ったことがある人はご存知 でしょうが、パンの制作過程に何回か、『発酵する』(寝かす)という作業がありますよね。パ ンだけではなく、チーズ、酒、味噌、納豆など など、私たちの食生活には欠かせない食品たちが、 『発酵』という過程を経て生まれています。

 

発酵や微生物と日々向き合う3人のゲスト

ゲス トは勝見淳平さん、宗像誉支夫さん、寺田優さん。 勝見さんは、鎌倉でパラダイスアレイというパン屋を営んでいます。宗像さんは沖縄の宗像堂と いうパン屋さんですが、パン屋を始める前は琉球大学で微生物の研究を行っていたという経歴を もっている菌のプロ。寺田さんは日本酒の蔵元さんで、千葉で寺田本家という酒蔵を営んでいます。


 

また、会場内では Meat&bekry TAVERN さんによるお料理と、CPAによってセレクトされたチー ズなども振る舞われました。もちろん、パラダイスアレイと宗像堂のパンも、寺田本家の日本酒も。 冒頭で聞こえてきた歌と踊りは、鎌倉イマジン盆踊り部によるパフォーマンス。どうして盆踊り? と思われるかもしれないが、こちらも発酵とつ
ながりが。それは、後ほど。

 

発酵の魅力は、“毎度異なる様子を見られる”こと

3人のトークショーは、みな片手に日本酒やワインを持って始まりました。ゆるゆると、3人に とっての「発酵とはなんぞや。」が各々語られていきます。 3人にとっての発酵の魅力は、“毎度異なる様子を見られる。”というところ。


 

寺田さん「酵母菌は15度以上の温度で活発になるのですが、それよりも低い温度の時は乳酸菌が、 そのあとに徐々に酵母菌が元気になっていくんです。ですが、季節が変わるとその順番や発酵中の 様子が異なってきたりします。それを見ていると、面白いなあと。発酵はコントロールできないも のですから、自分には予想できない結果をその都度見ることができるんです。」

 


宗像さん「発酵と向き合って、22年近くになりますが、一度も同じ結果を見た頃がありません。 僕の場合、パンを膨らます工程で、いろんな性質の菌の相互関係を意識しながら発酵をしています。 毎回発酵の様子が異なるのは、病みつきになりますよ。」

人類みな菌類!

“人類みな菌類。”というコピーを生み出した勝見さんはこう語ります。 勝見さん「菌のことはあまり初めはよくわからずにいたのですが、自分で酵母を作るようになっ て酵母を育てるというのが、自分たちの暮らしの一部になっていく。そんな生活をしていると、


自分自身も発酵していて、菌の世界と今生きている世界には境目がないのだということを感じる ようになりました。」

黒い液体、350万年前の菌の正体は?

よく見ると、勝見さんの手には、真っ黒い液体の入ったグラスが握られています。これはなんと、 350万年前の菌(バシラスF)で発酵させたシードルなのだそう!どうして黒いのかというと、そ の理由は「炭」にある。実は炭と菌には大きな繋がりがあるのです。


 

炭と微生物の不思議な関係

宗像さん 「私の蔵の地面には、炭が埋めてあるんです。炭を埋めると、地面の中でイオンの流れ が変化して、良い菌が集まるようになります。そうすると、発酵にも良いんですよ。」

寺田さん 「うちも地面に炭を埋めています。私の蔵にきたお客さんは、『神社に来たみたい。』 と言います。これも炭の効果だと思います。」 勝見さん 「うちのパン工房は、真っ黒ですよ。炭の入った塗料で壁を塗ってしまって。もちろ んパンにも炭を使っています。」

なんと3人のパン作りや酒作りにも、炭という共通点がありました。炭を埋めるといっても、 それなりにコツや大事なポイントがあるそうで。埋めたい方は、ぜひ宗像さんに教わってみてくだ さい。炭には良い発酵を促す作用があるようで、勝見さんのシードルも炭のおかげで菌が生きやす く、発酵しやすいのですね。 そして、発酵を普段どんな時に意識して過ごしているのかについても、それぞれに想いがあり、素 敵なお話を聞くことができました。 勝見さん「この菌の入った飲み物を長い期間飲んで、体内に入れることで、体に様々な変化が起き ました。体の中でも菌は生きていて、体に影響している。自分が生きているということを実感し ながら生活しています。自分の生活すべてが発酵とつながっている気がします。」 宗像さん「仕事として発酵という作業を行いますが、未だに毎回新しい発見があります。その度に、 日常の中で新しい自分に出会っています。だからこそ、『よし!』と思えるものを作りたいと思っ ています。いかに自分にとって余分なものをそぎ落として、目の前の発酵と向き合って新しい発見 に出会えるか、ということをいつも考えています。」

寺田さん「お酒作りは初めは素人でした。でもやっているうちに、お酒が発酵していくのをみて 発酵ってすごいなと思い始めたんです。それからいろんな方と出会っていく中で、その発酵に対す るワクワクする気持ちがみんな原点にあるんだと感じました。『見えない菌がどんどん発酵して、 おいしいものを作っていく』ということへの驚きや、ワクワク感をずっと大事にしていきたいで す。」

(盆踊りで和太鼓を叩く寺田さん。盆踊り部にも所属しているそうです。)


寺田さん曰く、それは場作りにも関連してるそう。「これってすごい、驚き、ワクワクする」 そんな気持ちを共有していくことは、私たち自身も発酵していると言えるのです。

一連のトークの後、私たちは歓談しながら食事を楽しみました。 来場者の中には、パン屋ではなくてもパンを日常的に作る人や、チーズをかなり本格的に嗜む人、 そして、発酵を勉強しているという人もたくさん。発酵を学ぶ女性は、「発酵ってよくわからな いかもしれないけど、とても面白い世界。簡単に始められるからオススメです。もっと色んな人に 発酵を知ってほしい。」と話しました。


見て、香って、食べて、踊って、菌づくし!

パン祭りの企画メンバーによって醸されたファーマーズマーケットのフルーツや野菜を使ったイーストも用意されました。これは、瓶の中に好みの果物を詰め て、水を入れただけのもの。これだけでも発酵が進むというから驚きです。誰もが手を伸ばし、逆さにしたり、匂いを嗅いだり、耳を澄ましたり。菌たちの生きている様子をじっと伺います。 用意されたパラダイスアレイの炭のパンに、宗像堂の“とうま100”という小麦の使われたパンは 皆興味津々。日本酒やワインを片手にいただくチーズとパンの相性は抜群だった。途中からは、 きのこのたっぷり入った鴨鍋も完成し、秋の味覚を楽しみながら、「そういえば、きのこも菌だ ね。」と、菌づくしの夜を堪能します。

 


 

もちろん、淳平さんの菌の生きたにも手をシードルに伸ばす人も多くいました。『自己責任だよ。』とニヤニヤしながら差し出された真っ黒の飲み物。口にしてみると、甘い香りのする、りんごジュースのようです。喉のあたりがじんわりと温まったのは、アルコールのためだけではない 気が…。何か変化があるか、これから楽しみ。 賑やかな時間はあっという間に過ぎ、会も終盤となりました。

 

最後は、もと摺り歌 で

最後は寺田さんによるお酒作りに欠かせない歌、「もと摺り歌」で締めくくられました。歌うことで幸せな気持ちをお酒にこめ、作り手の心を合わせることができるそう。寺田さんの太く力 強い声は、お客さんの手拍子に合わせて、会場に響きます。会場が一つになったことを感じられます。

 


 

そして、勝見さんのお知り合いのアルゼンチンのミュージシャンであるトミー・レブレオさんによ るバンドネオン演奏が始まり、再び寺田さんの歌も始まり、会場はまた予想しない色で盛り上がっ た。

発酵というのは、ほんの少しの間には何も変化が見えなくて、分からない。 けれど、じっくりと見守っていると、徐々に変化が現れ 、泡だったり、膨らんだり、匂いを出 したり、様々に様子が変わる。そして、全体が一つのある姿に向かって発酵していく。 これが発酵の魅力。 冒頭の鎌倉イマジン盆踊り部も、「さあ、皆で踊りましょう!」と言われても、初めは動きが なくてただ見守られるのみでした。しかし、一人、また一人と参加者が増え、最後には来場者み んなが手をとって一つになる。私たちも、発酵しているのです。 「人類、みな菌類。」勝見さんのこの言葉を、まさにこの場で誰もが実感した場となりました。

 

ライター;上田桜子


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