【Rose Festival 特別寄稿】薔薇について私が知っている二、三の事柄 2 |写真・文 猪本典子

娘さんにバラ、美少年と薔薇、おじちゃんのばら

©︎Noriko Inomoto

桃割れにバラの簪、明治の半ばに洒落っ気のある若い娘さんの間でそんな装いが流行ったそうだ。

長らく行方が知れず、数年前に東京国立近代美術館に新収蔵された鏑木清方の『築地明石町』を含む三部作。その中の一幅『浜町河岸』には踊りの稽古帰りの娘さんが描かれ、くす玉や手絡とともに桃割れに挿したバラの簪がなんとも愛らしい。蕾が少し開き始めたピンクのバラの簪は、彼女そのものだ。上村松園の『姉妹三人』に描かれた末娘も桃割れで、こちらも赤い櫛に簪はサーモンピンクの大きなバラが。

江戸から明治にかけての様々な女の人を描いた月岡芳年の浮世絵『風俗三十二相』の一枚『遊歩がしたさう 明治年間 妻君之風俗』に登場するのは、当時の最先端である洋装の若奥様。彼女のストローハットには、数輪の白いバラの飾りがついている。

いずれも造花であるのか生花なのかは判らないが、江戸の園芸ブームで広く知られるようになったバラは栽培だけにとどまらず、装飾品として新たなる分野に進出したわけですね。ただしまだ頬に薔薇色の血色が見て取れる、若い娘さん限定の。

©︎Noriko Inomoto

カラヴァッジョ曰く「花の絵は人物を描くのと同じように修練がいり、聖母を描くことと同じ価値がある」そうな。宗教画が主流であったルネサンスやマニエリスム以降、フランドルやオランダでは風俗画や静物画が描かれるようになってくる。

とりわけ花の絵は人気があり、チューリップやアイリス、水仙、アネモネ、忘れな草、ヒヤシンスなどが盛り込まれた花瓶や籠の静物画が好まれていた。そして花の種類の取り合わせが変わろうとも、ほとんどの絵の花瓶や籠の中にはバラの姿があり、画家にとっても観る側からもひときわ魅力を覚える花であったということでしょう。

そんな風潮をローマで広めたのがカラヴァッジョだ。代表作のひとつ『トカゲに咬まれた少年』には、卓上のガラス花瓶に生けられた淡いピンクのバラとジャスミン、傍らのサクランボに手を伸ばした少年が潜んでいたトカゲに咬みつかれる、といった場面が描写されている。

©︎Noriko Inomoto

「いやーん」そんな声が聞こえてきそうな美少年、巻き毛には白いバラの花を挿し、はだけたシャツからは胸や肩があらわでちょっと挑発的。しかし単なる愛好者に向けた美少年の肖像画というよりは、暗示が隠された宗教画といえるかもしれない。

バラやジャスミン、サクランボの甘い香りは誘惑、愛の喜びを表し、簡単に手を出そうとすればトカゲに咬みつかれて痛い目をみるぞという戒め、官能の罠ですね。それにしても美少年にもバラの花が似合うこと。

©︎Noriko Inomoto

中年を過ぎれば、装飾品としてのバラは似合わないかもしれないが、花を見て郷愁を覚えたり、憂えたり。「花いばら故郷の路に似たる哉」と野いばらで望郷の念にかられる与謝蕪村がいれば、「古里やよるもさわるも茨(ばら)の花」と一茶の句。

遺産問題で実家に戻ってみれば周り中の者から冷たくされ、その居心地をバラの棘に例えた痛々しさ。できれば蕪村のもう一句「愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら」のように、慰みになってくれるバラであって欲しいもの。

若い娘さん、美少年、おじさんにまつわるバラときて、おばちゃんについてがない。バラを愛してやまないはずのおばちゃんたちなのに思いつかず、おばちゃんとバラ譚。

©︎Noriko Inomoto

写真・文|猪本典子 デコレーター
90年代に青山IDÉE SHOPの花屋「棘」をプロデュース。花や和菓子、料理などのデコレーション、撮影、執筆を行う。著書に花の写真集「FRESH 」、翻訳本「修道院のレシピ」(共に朝日出版社)、「イロハニ歳事記」、「イノモト和菓子帖」(ともにリトル モア)、「ニッポン弁当」(平凡社)など。

◎前回のRose Festivalでの寄稿はこちら

◆紙の花瓶の作り方手順
① ー線にそって用紙を切り込みを入れる
② ーーー 線にそって内側(黄緑色)に折り曲げる
③ e を d に挟み込んだ状態で、a〜eを糊づけする
④ g と i の表側(水色)に糊をつけ、f と  h を上から重ねる
⑤ 両側面の切り込みに、切り取った細い2のテープを
差し込み花瓶の耳にする(図参照)
⑥ 花瓶の内側にコップや瓶を入れ、花を生ける


2022.5.23

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